いまや大舞台には欠かせない華のあるジョッキーとして、
その地位を確立しつつある池添謙一騎手。
ジョッキー生活14年目を迎え、すっかり中堅といわれる存在になりました。
ご本人も「早いですねぇ。もうおじさんです(笑)」と茶化しながらも、
その表情は感慨深げ(注・どこからどう見ても〝おじさん〟ではありません!)。
今回は改めて、〝騎手・池添謙一〟の半生を振り返り、勝負強さの秘密に迫ります!
(取材日=2011年1月21日、聞き手=不破由妃子)
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2010年は、池添さんにとってどんな年でしたか?
- 池添
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毎年、大きなケガをすることなく、
1年間競馬に乗ることを最低限の目標にしているので、
その点では良かったと思います。
ただ、ラスト1カ月は1つも勝てなくて…。
2着ばかりで、ストレスが溜まりました。
去年はスタートが良かったので(1月だけで12勝)、
これまでで一番数多く勝てるんじゃないかと思っていたんですけどね。
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確かに数字だけを見ると、月によって波がありましたね。
- 池添
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僕、性格的に波の上下が激しいところがあって。
気持ちが乗ってくるとポンポンといけるんですけど、
勝てない時期が続くと引きずってしまう。
あまり意識しないようにはしてるんですけど、
去年の暮れは引きずりましたね。
それにGIも獲れなかったし…。
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GI勝利は07年以降、途切れていませんでしたからね。
それにしても、02年のGI初制覇(桜花賞・アローキャリー)以降、
GI勝利がなかったのは06年と昨年だけ。
大舞台に強いと言われるはずです。
- 池添
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いやいや、ユタカさんは23年連続(GI勝利)ですからね。
改めて思いましたけど、やっぱりスゴイ人ですよ。
並大抵の記録ではないです。
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池添さんは、その武豊さんに憧れて騎手を目指されたとか。
てっきり、ジョッキーをなさっていた
お父さま(池添兼雄現調教師)の影響かと…。
- 池添
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そう、
〝お父さま〟の影響ではないんです(笑)。
父は障害戦を中心に乗っていて、
かっこいいなぁとは思っていましたけど、
実際に乗っている姿を見る機会があまりなかったので。
今のように、グリーンチャンネルで
全部のレースが観られる時代ではなかったし、
競馬場に行く機会もそれほどありませんでしたから。
だから、母親と一緒にラジオを聴きながら応援していました。
ユタカさんがデビューしたのは僕が小学校2年のときで、
翌年にはスーパークリークで菊花賞を勝って、
一気にブレークしましたよね。
その姿を見て、
かっこいいなぁ、
僕もこんな風になれたらいいなぁと。
それで、よし、ジョッキーになろうと。
だから完全にユタカさんの影響です。
当時、僕の部屋はユタカさんのポスターだらけでしたもん(笑)。
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そうでしたか(笑)。
お父さまは騎手引退後、鶴留厩舎の調教助手をなさってたんですよね。
その縁で、池添さんも所属することになって。
- 池添
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僕は本当に恵まれていたと思います。
今の時代、たとえ所属であってもなかなか競馬に乗せてもらえないこともある。
でも僕は、鶴留厩舎の馬はほとんど乗せていただいていましたからね。
今の僕があるのは、ホントに
鶴留先生と厩舎スタッフの方たちのおかげだと思っています。
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鶴留先生の教えで一番印象に残っていることは何ですか?
- 池添
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それがね、ないんですよ(笑)。
ないというのは、競馬に関しては何も言われたことがないという意味です。
もちろん、怒られたこともない。
乗り方についても、一度も指示を受けたことがありません。
レース前は、ただひと言『気をつけろよ』って。
だから、自分で考えて乗ることができましたし、
それで考える力も付いたかなって。
ただ一度だけ、勝負服を取りに行くのを
忘れてしまったときに、ものすごく怒られました。
『二度とうちの厩舎の敷居を跨ぐな!』って、
思いっ切り怒鳴られました。
普段、怒らない先生だから、めっちゃ怖かったですよ(笑)。
先生には一生頭が上がりませんね。
今でもお会いすると、
ピリッと緊張感が走りますから。
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馴れ合いになることなく、今でも緊張感があるなんて、
すごくいい師弟関係ですね。
それに、お話を伺っていると、鶴留師は器がでかい!
- 池添
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ホントにそう思います。
でもやっぱり、あれくらい器が大きくないと、
ダービートレーナーにはなれないと思いますよ。
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池添さんがデビューされた翌年に、お父さまが開業。
池添さんにとって、心強い厩舎がまたひとつ増えました。
- 池添
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ホントだったら、父も同じ年に開業するはずだったんですよ。
でも、その年に開業できる調教師の人数が開業厩舎の枠数より多かったので、
最終的にジャンケンで決めることになったんです。
そこで
うちの父親はジャンケンに負けたんです(笑)。
そこで勝っていれば、一緒にスタートを切れたんですけどねぇ。
どんだけ勝負弱いねん!って(笑)。
でもやっぱり、同じ世界に家族がいるっていうのは心強いですね。
自分が勝てない時期が続いても支えてくれますし、
それがきっかけで立ち直れることもありますから。
ただ、恵まれているぶん、結果を出さなくちゃいけない。
僕は勝たなければいけないんです。
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現在は、弟さんが池添厩舎の助手さんで、
妹さんがバレットをされてるんですよね。
やはりご家族で集まると競馬の話になりますか?
- 池添
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競馬の話はあまりしません。
僕が文句ばっかり言うからケンカになる(笑)。
そうすると、妹がすご~くイヤな顔をするんです(笑)。
だから今は、意識して競馬の話はしないようにしています。
ただ、デビュー当時は当然のごとく、
父親にはよく競馬のことで怒られましたね。
『なんであんな乗り方したんや!』とかね。
99年の阪神3歳牝馬S(現・阪神ジュベナイルF)では、
父親の厩舎のヤマカツスズランに騎乗する予定だったんですが、
僕、その直前に騎乗停止になったんですよ。
そのときも
『お前、なにやってるんや!
チャンスを自分で棒に振りやがって!』
ってすごく怒られて。
実際、僕も悔しくて泣きましたから、よく覚えてます。
でも、アローキャリーで桜花賞を勝って、
翌年デュランダルに乗り始めたころからは、
なにも言われなくなりましたね。
もしかしたら、ちょっとは認めてもらえたのかな…と。
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ヤマカツスズランは結局、キネーン騎手の手綱で
2歳女王になっただけに、余計に忘れられない一戦ですね。
- 池添
-
そうですね。
結局、まだ父親の馬でGIを勝っていないので…。
去年のエリザベス女王杯(メイショウベルーガ2着)は
チャンスだったんですけどね。
だから今、一緒にGIを獲りたいっていう思いがすごく強いです。
それでね、父親を泣かせたい(笑)。
たぶん、
抱き付きに行ったら泣くんちゃうかな~と
思ってるんですけど(笑)。
もう泣かすためのシミュレーションはできてます。その前に、
僕が勝手に泣いてるかもしれませんけど(笑)。
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そういえば、池添さんの男泣きは何度がお見かけしたことが…。
- 池添
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僕ね、すごく涙もろいんですよ。
四位さんがウオッカでダービーを勝ったときも、
僕、泣いてましたからね。
〝なんで俺、泣いてんねん!〟
って思いましたもん(笑)。
四位さんの涙を見たら、勝手に涙が出てきちゃって。
すぐ泣くんですよ、ホント。
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それにしても池添さんは、
初年度から重賞初制覇に新人賞受賞、
5年目に桜花賞を勝って以降は毎年のようにGIを勝つなど、
その時々できっちり結果を出していらっしゃいますよね。
とても順風満帆な騎手生活ではないですか?
- 池添
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恵まれていることを自覚していますから、
さっきも言ったように、
結果を出さなくちゃいけないとは常々思っています。
順風満帆かというと…、ん~、2年目は苦しかったですね。
ヤマカツスズランの件も含めて騎乗停止が2回あって、
勝ち星も思うように伸びなくて(27勝)。
北海道も2年目に初めて滞在したんですけど、
とにかく全然勝たせてもらえなかった。
そのぶん、技術的な面では自信が付いたところもありましたが、
正直、叩きのめされた感じでしたね。
今思うと、
1年目に目標としていた
新人賞を獲れたこともあって、
天狗になっていたところもあったんでしょうね。
これじゃダメだ、やることをしっかりやっていこうって、
3年目に向けて気持ちを引き締めました。
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3年目は40勝、4年目は62勝とグンと勝ち星が伸びて。
- 池添
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3年目の暮れに1週間、
ユタカさんに付いてアメリカに行かせてもらったんです。
もともと海外の競馬には興味があったんですけど、
たった1週間とはいえ調教にも乗せてもらって、
ここでまた意識が変わりました。
行ったこと自体が刺激になったというか、
もっともっと頑張らなくちゃいけないってすごく思って。
目に見えて何かが変わったわけではないかもしれませんが、
気持ちのなかでは大きな変化がありました。
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そこで受けた刺激が、4年目にきっちり生かされたんですね。
- 池添
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そうですね。
4年目の夏に、今度はフランスに1カ月行ったんです。
競馬も乗って、自分に自信が付いたというか、
1カ月頑張った自負があったので、
そういう気持ちもまた、日本に帰ってから生かされたのかなって思います。
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お話を伺っていると、池添さんは良くも悪くも、
精神面の充実がダイレクトに成績に表れてますよね。
- 池添
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はい。ホントにその通りで。
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でも、それがわかっているからこそ、
壁にぶち当たったときに決してやり過ごさず、
刺激を求めて行動を起こしてきた。
だからこそ、今の池添さんがあるんだと思います。
- 池添
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振り返ってみると、
ホントに名馬といわれる馬に
乗せてもらってきたんだなぁ
って、感謝の気持ちでいっぱいになります。
巡り合わせなんでしょうけど、僕は運がいいんです。
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コンスタントにパートナーに恵まれるのは、
結果を出してきたからこそ。
決して環境や運だけではないはずです。
- 池添
-
いや、運がいいんですよ。
だって、デュランダルにしてもスイープトウショウにしても、
僕が乗せてもらってきた馬たち、
走りますもん(笑)。
でも、今改めて振り返ってみると、ホントに彼らは名馬ですよね…。
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後編へ続く
「デュランダルがいたから〝今〟がある」
──後編では、名馬たちとのエピソードを通して、
ここ一番での強さの秘密に迫ります!