
(取材日=2011年2月17日)
- 細江
-
和田クンは、外国人ジョッキーのどういうところがスゴイと思う?
- 和田
-
ん~、
言葉で表現するのは難しいけど、持ってるものが根本的に違うような気がする。
技術自体は、それほど変わらんと思うけど…。
まぁ各国からトップジョッキーが来てるわけやから、技術があるのは当たり前。
その上で、いい馬に乗って結果を出すわけやから、
俺たちが対抗しようと思ったら、普通のレベルじゃアカンと思う。
プラスαで馬を動かせるくらいの
〝何か〟を持ってないと、
この先やっていかれへん。
ものすごく悔しいし、それ以上に危機感を感じるよ。
- 細江
-
確かにね、外国人ジョッキーを見ていて〝上手いな〟って思うレースもある。
抑え方だったり、
普段はモタモタしてしまう馬を全然モタモタさせなかったりとかね。
あと、これは後藤さんが言ってたんだけど、
『体の大きい馬を
自分の手足のように動かしてしまう。
その技術は俺たちも見習わなきゃいけない』って。
- 和田
-
そうやなぁ。
悔しい半面、勉強にもなるし、刺激にもなるから、
プラスの面もあるんやけどね。
ただ、大きいところを勝たれると、どうしても焦りが出てくる。
- 細江
-
うん、わかる。
しかも、リスポリ騎手とか若い世代が活躍し始めてるから、
これからさらに日本のジョッキーは厳しくなるでしょうね…。
今は全体的に流れが、
みんな外国人ジョッキーのほうに向いてしまっているからね。
- 和田
-
外国人ジョッキーならなんとかしてくれるって思うんやろうね。
- 細江
-
より結果が重要視されてきてるのは確かよね。
- 和田
-
俺がオペラオーに乗っていた時代とは違うよなぁ。
- 細江
-
でも、和田クンとテイエムオペラオー、
ユタカさんとアドマイヤベガ、
渡辺先輩とナリタトップロードの時代って、
今にして思えばすごく良かったなって思う。
当時はわたし、頭がおかしくなってたから(笑)、
ほかの人の競馬を観てる余裕がなかったのよね。
でも、あとになって当時のVTRを観て、
和田クンはすごい道を歩んでたんだなぁって関心したの。
- 和田
-
いや、俺はオペラオーの背中にちょこんと乗ってただけだから。
細江さんにとっては、引退するかしないかで、大変な時期だったもんね。
- 細江
-
和田クンとは〝大変〟のレベルが違う(笑)。
当時、1日24時間じゃ足りないって言ってたよね。
- 和田
-
うん…。今思うと、
当時の俺は廃人のようやったわ(笑)。
それくらい、オペラオーに対しては集中力が必要やった。
あのころは技術がまったく足りなくて、
とにかく馬についていくのに必死やった。
あの馬は、俺が何もしなくても走ったんだよ。
だから、いかに俺が邪魔をしないか、それだけだった。
- 細江
-
確かにあのころ、げっそりしてたよね。
- 和田
-
オペラオーが引退して、
正直、ホッとした部分もあるんだよ。
でも、それ以上に燃え尽きた感があった。
気持ちの上では、これからはもっと活躍せなアカンってわかってたんだけど、
やっぱりガクンとくるものがあって。そのあと全然勝たれへんかったもんなぁ。
俺にとって、あの馬が基本やからね。
まぁ、あんな馬にはなかなか出会えるもんじゃないけど。
- 細江
-
そう思うと、すごいめぐり合わせだったんだなって思うよね。
出会いたいときには出会えないわけだから。
- 和田
-
そういう馬にめぐり合えるっていうことは、
ジョッキーとして、すごくありがたいことなんやけど、
自分のキャリアではオペラオーはちょっと早すぎたかなって思うよ。
まだ3、4年目やったからねぇ…。
みんなマークがきつかったし(笑)。
- 細江
-
厳しかったよね~。
- 和田
-
そりゃあもう(笑)。
乗り役がナメられてたわけだからね。
今思うと、勝てたレースがもっとあったよ。
当時は立場的にも弱かったし、技術も全然足りなかった。
また出会えるんかなぁ、
オペラオーのような馬に…。
- 細江
-
また見てみたいなぁ~。
- 和田
-
細江さんの相棒といえば、レゾンデートルやな。
- 細江
-
そうだね。彼女には、感謝です。
- 和田
-
あと印象に残ってるのは、シンガポールに行ったこと。
向こうでも勝ったんだよね。一人で行ったんやろ?
- 細江
-
うん。その前に、ユタカさんにフランスに連れて行ってもらって、
その後に一人でシンガポールに行ったの。
- 和田
-
えらいなぁ。
- 細江
-
いえいえ、崖っぷちだったので(笑)。
- 和田
-
それにしたってすごいよ。
俺なんか、今でも一人じゃ行かれへんわ(笑)。
- 細江
-
え~、なんでなんで?
- 和田
-
俺、人見知りが激しいから、海外は自信ない…。
- 細江
-
そうなんだ。
フランスもシンガポールも楽しかったよ。
シンガポールでは、毎日、調教してトレーニングして、みんなで踊りに行って、
レースに乗ってマッサージして、みたいな(笑)。
それがちょうど2000年かな。
- 和田
-
そのあとなんで引退を決めたの?
- 細江
-
いろいろと…。
心身ともに、ホントにボロボロだったから…。
- 和田
-
確かにきつそうやったわ。
でも、細江さんは、競馬学校時代からすごく人当たりが良かったから、
みんなに好かれてたよね。教官は怒ってたけどさ(笑)。
だから今の仕事ができるんやろうし、合ってるんだと思うよ。
まぁ、最初のころは噛んでたけどな(笑)。
正直、最初は、緊張するタイプやからレポーターなんて無理やろ、
って思ってたけど、今じゃすっかりなじんでるよね。
- 細江
-
いえいえいえ…。
今もまだ勉強中だけど、この仕事を始めた当初は、
ホントに競馬のことを知らなくて。
- 和田
-
えっ、どういうこと?
- 細江
-
競馬のことをしゃべろうと思ったら、
わたし、競馬のことを全然知らなかったの。
〝クラシック〟の意味すら知らなかった(笑)。
- 和田
-
おい!興味なさすぎや!
- 細江
-
和田クンはその〝クラシック〟で、結果を出してたっていうのにねぇ。
わたしは一体、何をしてたんだろうって思う。
〝トライアル〟の意味もさっぱりわかってなかったから(笑)。
- 和田
-
むしろ、その意味がわからへん(笑)。
- 細江
-
〝種牡馬〟の意味も知らなかった。
- 和田
-
じゃあ、何を知ってたんや~(笑)!
- 細江
-
……ホントにバカだったな、わたし。
そんなんだから、競馬で乗れなくて当然だし、結果が出なくて当然だった…。
- 和田
-
よく生きとったなぁ(笑)。
- 細江
-
そうでしょ。でもホントにわからなかったの…。
自分のことで必死だったんだろうね。
そんなわたしが競馬を語るなんて、あり得ないと思った。
-
-
(第4回へ続く)