松田大作インタビュー『一流になるために~イタリア武者修行のすべて~』

(取材日=2011年4月20日)

──
半年間のイタリア修行、本当にお疲れさまでした。
帰国して3週間騎乗されましたが、久々の日本の競馬はいかがでしたか?
松田
向こうのレースはすごくスローペースだったので、
スピードに一瞬戸惑いました。
しかも、帰国初戦がダートの1000m戦だったので、
うわぁ~!みたいな感じでしたね(笑)。
──
さっそく4月9日に帰国後初勝利を挙げられて
(小倉6R・3歳未勝利・ベンジャミン)。
松田
あのレースはホントに運が良かったですね。
うまく進路が開いてくれて、
タイミング良く外に出すことができましたから。
──
イタリアに行く前の〝1勝〟とは、やはり違いましたか?
松田
全然違いました。本当にうれしかったです。
正直、(厩舎関係者に)乗せてもらえるのかとか、
また競馬で勝つことができるのかとか、
帰ってきてからの事が不安だったので。
チャンスを与えてくださった関係者の方々に感謝しています。
(東日本大震災で)関東での開催が中止になり大変な時期に帰ってきたので、
なかなか馬も集まらなかったんですけど、
今週から3場開催になるので、
新潟をベースに頑張りたいと思ってます。
──
イタリアで震災を知ったときは…。
松田
馬に乗っているときに
「日本が大変なことになってるけど大丈夫か?」
って、仲間の一人に声をかけられたんです。
そのときは何のことかさっぱりわからなかったんですけど、
テレビを付けたらとんでもないことになっていて…。
最初、映像を観たときは嘘なんじゃないかと思って、
ポカンとしてしまいました。
──
でもすぐに募金活動を始められたんですよね。
松田
はい、もうホントにいてもたってもいられなくて、
これはなにかしなくてはと。
最初は「なにやってんだ?」みたいな感じで白い目で見られたりもしたんですけど、
被災した方たちのことを思えば、
白い目で見られたり、
頭を下げることくらいなんでもないことなので。
続けていくうちに僕の本気度が伝わったようで、
周りのジョッキーも含め、少しずつ輪が広がっていきました。
うれしかったですね。
──
いろいろあった半年間だと思いますが、
最初はミラノを拠点にされたそうですね。
松田
はい。そのときはまだミルコ(デムーロ)がミラノにいて、
彼がお世話になっている厩舎を紹介してもらいました。
毎日4頭くらい調教を手伝わせて頂いていましたね。
──
ミラノにはどのくらい滞在されていたんですか?
松田
1カ月くらいですね。
いくらミルコの友達とはいえ、
『なんだ、この日本人は?』
という目で見られてましたね。
普段はみんなフレンドリーなんですよ。
ただ、いざ競馬に乗せるとなると、一歩引いてしまう感じで。
それに、ミラノには一流ジョッキーがたくさん集まっていたので、
ここにいても、すぐに乗せてもらうことはできないなと。
それで、ピサに移ることを決めたんです。
──
イタリアに行かれる前に、営業も積極的にやりたいとおっしゃってましたが、
ミラノでは騎乗に結びつかなかったと。
松田
そうですね、動き回ったんですけどね。
でも、ミラノにいるときより、ピサで一人になってからのほうが動きましたね。
ピサでも最初はミルコに紹介してもらった厩舎でお世話になりました。
そこでは毎日4頭くらい調教に乗せて頂いていたんですけど、
競馬には全然乗せてもらえなくて。
1カ月に1頭、乗れるか乗れないか・・・っていう感じでしたね。
──
やはり厳しいんですね…。騎乗馬を確保するために、具体的にはどんな行動を?
松田
向こうでは新人ジョッキーなので、僕のことを誰も知らない。
だから、 とにかくいろんな厩舎に顔を出して、
頭を下げました。
時間が空いたら『調教に乗せてください』とお願いしに行って、
乗せて頂いて。
『アイツ、乗れるな』って思ってもらうためには、
やっぱり実際に馬に乗っているところを見てもらうしかないでしょ?
それでも 最初の2~3カ月は、
全然相手にしてもらえませんでしたね。
──
半年間のなかで、一番つらかった時期ですか?
松田
そうですね、さすがにホームシックになりましたよ。
ホントつらかった…。
32歳にして泣きそうになりましたからね(笑)。 競馬には乗せてもらえない、
やることなすこと日本とは違う、
気持ちをきちんと伝えることもできない…そんな日々でしたから。
帰りたい、帰りたいと思いながらも、
帰るつもりはまったくなかったですけどね。
──
ストレスが溜まりそうですね。どうやって発散させていたんですか?
夜、遊びに行ったり?
松田
いえ、部屋でずっと本を読んでました。
ミラノでもピサでも、ご飯を食べに行こうとか、クラブに遊びに行こうとか、
最初のころは毎晩のように誘ってくれたんですけど、
行っても気分的に楽しめないし、遊ぶ気分にはとてもなれなかったですね。
誘ってくれるのはありがたかったんですけど、
正直、お願いだから一人にしてくれっていう気持ちのほうが強くて。
──
そういったつらい時期に、精神的な支えになったものは何だったんですか?
松田
一流になりたい っていう思い、それだけですね。

(第2回へ続く)


■イタリアでの騎乗成績

レース日 競馬場 レースNo. 距離 騎乗馬 着順
2010年
11月8日 PISA・San Rossore競馬場 第4R 芝1900m WIAPPA 5着
11月10日 MILANO・Sansiro競馬場 第8R 芝1000m COMMON MARKET 6着
11月15日 PISA・San Rossore競馬場 WIAPPA 3着
BATTEN BOOM 14着
11月25日 LIVORNO競馬場 第7R 芝1950m BATTEN BOOM 8着
12月6日 PISA・San Rossore競馬場 第2R 芝2000m BATTEN BOOM 4着
12月12日 PISA・San Rossore競馬場 第1R 芝1750m WIAPPA 11着
第3R 芝1500m I'M A CRACKER 5着
12月27日 PISA・San Rossore競馬場 第2R 芝2200m EFISIO DREAM 4着
第7R 芝1200m COMMON MARKET 5着
2011年
1月1日 PISA・San Rossore競馬場 第2R 芝1600m ROVERELLA 14着
第3R 芝1750m MONDANESPOLE 10着
第7R 芝1500m ROSA INNVICTA 8着
1月27日 PISA・San Rossore競馬場 第1R 芝2200m BATTEN BOOM 1着
2月17日 PISA・San Rossore競馬場 第2R 芝1500m SPECIAL SUNSHINE 7着
第8R 芝1800m ISLAND HILL 1着
2月20日 PISA・San Rossore競馬場 第3R 芝1200m FOTOVOLTAICA 10着
第6R 芝2000m BATTEN BOOM 3着
2月24日 PISA・San Rossore競馬場 第5R 芝1200m GUEST MA 3着
第6R 芝1500m MAC OLIVIA 7着
第7R 芝1200m DAEL 4着
2月26日 Capannelle競馬場 第3R 芝1600m SACIDEVI 4着
第5R 芝1700m BAINCOS 11着
2月27日 PISA・San Rossore競馬場 第8R 芝1750m ISLAND HILL 3着
3月5日 PISA・San Rossore競馬場 第6R 芝3000m BATTEN BOOM 1着
3月7日 PISA・San Rossore競馬場 第8R 芝1200m GUEST MA 4着
3月10日 GROSSETO競馬場 第6R 芝2200m SARA'S DREAM 1着
3月12日 PISA・San Rossore競馬場 第6R 芝1900m MAC OLIVIA 6着
3月14日 PISA・San Rossore競馬場 第7R 芝1900m SCOMMESSA 9着
3月17日 GROSSETO競馬場 第1R 芝1750m MIZATIN 8着
3月20日 PISA・San Rossore競馬場 第8R 芝2000m ISLAND HILL 2着降着
3月21日 PISA・San Rossore競馬場 第3R 芝1300m SALAR FIRCROFT 3着
第6R 芝1500m TILLOTAMA 10着
3月22日 MILANO・Sansiro競馬場 第3R 芝1500m VISO PALLIDO 9着

※空欄は、こちらで確認が取れなかった項目です。

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