祝・ダービー制覇!四位洋文×池添謙一『〝ダービー〟というドラマを語ろう。』

(取材日=2011年6月9日)

四位
レース中、謙一は落ち着いているように見えたけど、
実際はどうだったの?
池添
ゲートのなかで久々に鳴いたんですよ。 2歳のころは、よくヒンヒンヒンヒン鳴いてたんですけど、
3歳になってからは鳴かなくなったんです。
それがダービーに限って…。
四位
それは嫌やな。
池添
僕も嫌な予感がしました。
でも、いざゲートが開いたら普通に出てくれたので、
すごくホッとしたんです。
そのあとはいつでも外に出せるように、
1コーナーを外よりに入って行って、
2コーナーに入った時点で、
デボネアの後ろに落ち着きました。
四位
すごく冷静やな。
池添
そうですね。
でも、向こう正面に入ったとき、めっちゃ折り合いがついたんですよ。
いつもはもっと折り合いに苦労する馬なので、
逆に〝あれっ?〟っていう感じで。走るのがいやなのかな?
馬場が影響してるのかな?って不安になって、
少し手綱を絞ったらグーッと行きそうになったので、
アカンアカンと思いながらも、あ、大丈夫なんだと。
とにかく冷静でしたね。
焦ったのは4コーナーだけです。
あのときはさすがに

ってなりました(笑)。
四位
パトロール(ビデオ)は見た?
池添
見ました、見ました。改めて見るとゾッとしますね。
僕の体が、善臣さん(ナカヤマナイト)と岩田さん(サダムパテック)
の間で一瞬ゆがんでますもんね。
自分でもよくあのスペースを突いたなって。
四位
あの瞬間のテンションてスゴイんだろうなぁ。
池添
自分で改めて見ても、まったく躊躇してないですもんね。
もうここしかない!って感じで。
四位
くるならこいや! みたいなね(笑)。でも、
あのせめぎ合いには、
ダービーならではの
執念みたいなものを感じたよ。
GIはどのレースも激しいけど、善臣さんの気迫とか、
やっぱりダービーは特別だなって。
直線でウインがきてるのはわかってた?
池添
はい。馬と馬の間を割ったあと、パッと外を見たらウインがいて、
向こうのほうが少しだけ前に出てたんですよ。
〝ここでやっぱり安藤さんか!〟って思って(笑)。 そこからはもう必死でしたね。
四位
俺もGIで〝また安藤さんや!〟っていうケースがよくある(笑)。
しかし、冷静だったのもそうだけど、
道中、馬と細やかなやり取りができるのも、
ずっと乗ってきたからこそだよな。テン乗りではそうはいかない。
池添
そうですね。四位さんはディープスカイのダービーのとき、
〝最後の直線で音が消えた〟って言ってましたよね。
四位
そう。音がなくなって、すべてがうまくいって。 だから、道中、何をやったとか何を考えてたとか、
そういうのが、あんまり思い出せないんだよね。
池添
それって究極の集中力ですよね。
ウオッカのときはどうだったんですか?
四位
あのときは内枠で、スタートがいい馬だったから、
ある程度の位置でジッとしておこうって思ってた。
道中は

って、ずーっと話しかけてたよ。
池添
直線はすごかったですよね。
僕は外にいたんですけど(13着ローレルゲレイロ)、
内から四位さんが〝バキューン!〟って伸びて。
あれはロケットやった(笑)。
そういえば、
四位さんがウオッカでダービーを勝ったとき、
なぜか僕も泣いてましたよね(笑)。
ホントに涙もろくて…。すぐもらってしまうんですよ。

四位
確かに謙一、号泣してたな(笑)。
あのときは、さすがに俺もいろいろ考えたよ。
子供のころから、騎手に憧れて、プロとして経験や自分の年齢を重ねるにつれ、
ダービーの重みもわかってきてたからね。
そのダービーで、まさか自分が勝てるなんてって。
鹿児島の乗馬の先生に電話で報告したんだけど、
そのときが一番こみ上げてきたなぁ。
その先生と出会わなければ、今はないんだなって思ってさ。
そういう人との出会いとか、
自分がたどってきた道とか…、
すごく考えた。
謙一だって、オルフェーヴルに乗ることになったのは、
ドリームジャーニーがいたからこそだしな。
池添
そのドリームジャーニーに乗ることになったのは、
池江(寿)先生がデュランダルでの騎乗を評価してくださったからなんです。
四位
そうやって、全部つながってるんだよね。
池添
ホントにそうですね…。
僕は厩務員さんの顔を見たときが、
一番グワーッとこみ上げてきましたね。
あの馬、気性が悪くて、ホントに大変だったから…。
いいモノを持っているのに、なかなかレースで生かし切れなくて、
〝1から作り直していこう〟っていう感じでやってきましたから。
四位
ホントに最高の勝利だよね。
池添
ダービー当日の新聞に、
『このコンビは最強で最高ですから』っていう
厩務員さんのコメントが載っていて。
そんなこと言われたら〝もうやるしかない!〟って、
すごく強い気持ちになれたんです。
四位
池添先生には、すぐに報告しの?
池添
まずは師匠(鶴留師)に報告して、そのあと父に電話しました。
『どんなもんじゃ!』って言ったら、
『大したもんや』って。
四位
うれしかっただろうね…。
池添
家族みんなで実家で観てたらしいんですけど、
調教助手をやっている弟の話ではゴールした後、泣いてたらしいです。
四位
ご自身も騎手をやってらして、
その跡を継いだ息子がダービーを勝ったんだから。
そりゃあ格別でしょ。
池添
そうですよね。ちなみに、鶴留先生には
『俺が死ぬまでに、もう一回ダービーを獲ってくれ』
って言われましたよ(笑)。
 
(第3回へ続く)

祝・ダービー制覇!四位洋文×池添謙一『〝ダービー〟というドラマを語ろう。』

ジョッキーインタビュー!CLUB GRIP トップへ戻る