
(取材日=2011年7月21日)
過去のVTRを観て、騎乗馬の研究をする──
多くのジョッキーが普段から行っている下準備のひとつだ。
あるいは、先入観を持たないために、まったく観ないというジョッキーもいるだろう。
いずれにしても、"仕事"の一環であり、決して"楽しい"作業ではないはずだが、
秋山騎手の場合はというと…。
"騎乗オタク"に続いて"変態"とはこれいかに!その真意に迫ってみよう。
05年、夏の主戦場をそれまでの小倉から、激戦区・北海道に移した。
それもひとえに、技術向上を目指してのもの。
実際に北海道での競馬は、彼の"オタク心"をいまだにくすぐり続けている。
技術だけではなく、32歳となった今、体のメンテナンスにも気を配る。
「僕、体のなかで、足首が強烈に硬いんです」と語るその表情は、心の底から悔しそうだ。
外国人騎手に対抗心を燃やして…のトレーニングではないだろうが、
やはり、体ひとつをとっても刺激を受けるところがあるようだ。
はたして5年前、地方騎手や外国人騎手の相次ぐ参戦に対して、
きっぱりと「いい迷惑です」といい切った秋山騎手。
外国人騎手の台頭がより顕著になった今、改めて彼らについて、そして現状について聞いてみた。
最後に「とにかく僕らは、結果を残すしかないんです」といい、視線を落とした秋山騎手。
ふと、以前に聞いた"GIに数多く乗れる騎手になりたい"という彼の言葉を思い出した。
14年目を迎えた今、やはりそこには忸怩たる思いがある。
騎手という仕事には、自身が"オタク""変態"というほどに、まっすぐに向き合っている。
いっぽうで、「依頼してくれるのは人ですからね」というのもまた、彼の言葉だ。
技術を追求することと、円滑な人間関係を築くこと。不器用な彼にとって、やはりそれはジレンマだろう。
そういって、屈託のない笑顔を見せる秋山騎手だが、彼はもともと、お酒が強いほうではない。
そんなことを思いながら、「今、なにをしているときが一番楽しいですか?」と聞くと、
と、きっぱり。"ああ、この人は本当に騎手という仕事が好きなんだな"──改めて、感じた瞬間だった。
さて、前述したように、毎日欠かさず、なんらかの競馬の映像を観ているという秋山騎手。
その時間以外のプライベートは、どんなふうに過ごしているのだろうか。
そう嬉々として語る秋山騎手を見ていると、うん…たしかにこれはオタクの領域(!)
かもしれないと思い、ある意味、うらやましいなと思った。
"好きこそ物の上手なれ"──秋山騎手が秋山騎手でいる限り、その進化は止まらないはずだ。
そしてもうひとつ、彼が口にしたのは、騎手という仕事が好きだからこそのジレンマ。
これは、多くの騎手にとって、永遠のテーマと言っていい。
結果がすべてと言ってしまえばそれまでだが、相手は生き物だけに、
当然、結果にたどり着くまでには過程がある。
その結果を、目先の1勝とするか、あるいは未来の大きな1勝とするか。それは人それぞれだ。
そして、言うまでもなく競馬はギャンブル。
だからこそ、秋山騎手だけではなく、多くの騎手がジレンマを抱えている。
ここで改めて「そういう意味で、父は本当にすごい人ですよ…」と、言葉をもらした秋山騎手。
いわく「超えられない存在」であると同時に、よき理解者であり、
本人ははっきりとは口にしないが、その存在が支えになっているのは確かだ。
口調はぶっきらぼうだが、父・忠一氏に対する感謝の念が、ひしひしと伝わってくる。
とはいえ、父とはまた違うスタンスで、騎手道を邁進する秋山騎手。
そんな彼が描く、5年後、10年後の自分とは──。
高度な技術をもって、かっこよく乗る──
あくなき探究心を持って、騎手という職業に挑み続ける秋山騎手。
この秋、そんな秋山騎手の闘志をかきたてる馬が、スタンバイしている。
厩舎サイドも「厩舎の初GIを飾るのは、この馬かもしれない」と意気込む、ハートビートソングだ。
同馬が所属するのは平田厩舎。年月を経て築き上げた信頼関係は、大舞台ではなによりの武器となる。
と、力強く締めくくった秋山騎手。
GIの大舞台で、あの独特の柔らかいフォームがトップゴールを切ったとき──
秋山騎手の第二章が始まるのかもしれない。