(取材日=2011年10月24日)

10月23日、京都競馬場。
池添謙一とオルフェーヴルは、
“本当に強い馬”の競馬をわれわれに見せてくれた。
新馬戦から10戦。
紆余曲折を経て培われた信頼関係は、ファンに冷や冷やさせる隙を与えず、
ただひたすらに、人馬一体を体現してみせた。

思えばこの3冠劇は、デュランダルから始まった。

池江先生は、デュランダルでの僕の騎乗を見て、
ドリームジャーニーの騎乗を依頼してくださったんです。
だから、デュランダルがいなかったら、今の僕はいない。

ご存知のとおり、低迷していたドリームジャーニーを、
見事グランプリホースに導いた池添。
その弟、オルフェーヴルの手綱が託されたのは、
必然といえるかもしれない。
しかし、ここに池添らしいエピソードがある。

デビューの前に、先生に直接
『レースに使うときは、僕を乗せてください』って
お願いしたんです。

はたして池江師は、池添からそういった言葉がなかったとしても、
オルフェーヴルの鞍上には池添を迎えたかもしれない。
しかし、数々の大舞台を制してなお、
『僕を乗せてください』『次も乗せてください』と、
調教師に直接気持ちを伝える。
デュランダルのときも、ドリームジャーニーのときも、である。
もちろん、結果も出してきた。
しかし、そんな池添だからこそ、巡ってきた3冠のチャンスであり、
ひいては厩舎スタッフとのあいだに芽生えた信頼関係ではなかったか。

パドックで池江先生が『謙一とオルフェーヴルを信じてるから』って
言ってくださって。
そのあと、 ゲート裏では担当の森澤さんが
『オルフェーヴルを信じて、乗ってきてください』って。
森澤さんは、いつもゲートまで付き添ってくれるんですけど、
本当にいつも飄々した方で、今までそんなこと言ったことないんです。
ダービーのときですら、なにも言わなかった。
そんな風に声をかけてくれたのは初めてで。
よし、オルフェーヴルを信じていこうと、
すごく強い気持ちになれたんです。

ゴール後、オルフェーヴルは、新馬戦以来となるやんちゃぶりを発揮し、
池添騎手を振り落とした。
わき腹と腕を強かに打ちつけ、痛みをこらえる池添騎手に、
足早に寄り添ったのが森澤氏。
そんな氏に対し、池添が興奮気味になにかを喋っている。
いつもの光景だ。

レースの直後は、いつも森澤さんに
レース回顧のようなことをうわぁ~って喋るんです。
具体的になにを話したのかは覚えてない(笑)。
森澤さんはいつもどおり『うん、うん』って聞いてくれてました。
馬にケガをさせることなく、
森澤さんのもとに返せてホントに良かった。

そして、レースの翌日には、こんな出来事も。

池江先生から初めてメールをいただきました。
お互いにメールアドレスを知らないので、
ショートメールだったんですけど(笑)、
『あのプレッシャーのなか、よく完璧に乗ってくれた。
ありがとう』って。
うれしかったですね。
先生は普段すごく冷静な方なんですけど、
この前、検量室の前に戻ったときは『謙一!』って僕の名前を呼んで、
そのあと抱き合って。先生もホッとされたんでしょうね。

現在の競馬界において、
ひとりのジョッキーが新馬戦から一貫して手綱を取り続けることは、
悲しいかな異例である。
しかし、池添とオルフェーヴルの軌跡を思うとき、
改めて競馬は人馬で紡ぐドラマであることに気付く。

負けが続いたときも乗せ続けていただいて…。
一歩一歩やってこられたことが一番大きいと思う。
やんちゃな馬なので、普段の調教は本当に大変だったと思います。
だから、ここまでこられたのは、
牧場のスタッフの方と森澤さんをはじめとする
スタッフの力が本当に大きいと思います。

言うまでもなく、3冠はゴールではない。
むしろ、オルフェーヴルの本当の力を見せつけるのはこれからだ。
オルフェーヴルの主戦として、
そしてジョッキー・池添謙一としての覚悟を聞いた。

一生に一度、あるかないかの経験をさせてもらいましたからね。
この経験を、ジョッキーとしてどう生かしていけるか…
僕自身、これからだと思っています。
まだ獲ってないGIもたくさんあるし、叶えたい夢もいっぱいある。
オルフェーヴルについては、
とにかくひとつひとつのレースをしっかり乗っていきたい。
3冠馬に恥じないレースをしていかなければと思っています。

古馬との戦い、そして世界へ──史上7頭目の偉業達成によって、
新たな戦いの火蓋が切られた。
この人馬が競馬史に刻むであろういくつもの歴史を、
しっかり見届けよう。

前代未聞の秋へ──池添謙一騎手独占インタビュー

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