(取材日=2011年11月2日)

11月20日(日)、京都8Rをエイシンナナツボシで制し、ついに自身初となる年間100勝を達成した川田騎手。しかし、この春には、『ダッシャーゴーゴーでの二度目の騎乗停止』という、苦悩も味わいました。今回は、今だからこそ語れる高松宮記念の真実、そして、その出来事を経ての彼の決意に迫ります。

──
昨年のスプリンターズSの夜は、
『人生でこんなに泣いたことはない』というほど、泣いて落ち込まれたそうですが、
高松宮記念の夜は、どう過ごされたんですか?
川田
なにしてたかな…普通に帰ったような。
(ダッシャーゴーゴーでの騎乗停止が)二度目ということもあって、
冷静に反省できたんです。
ただひたすら『すみません』と謝るというのではなく、
本当にいろんなことを考えました。
それで、僕の考え方が未熟だったなって、すごく反省して。
──
未熟だと思った考え方とは、具体的にいうと?
川田
まず、普通のレースではなく、GIであったということ。
そんななか、後輩(藤岡康太騎手)は、
GIで初めて1番人気馬(ジョーカプチーノ)に乗っていた。
その後輩の精神状態…というか、どういう気持ちで乗っているのかを、
僕が考えていなかったことです。
──
それが、レース中の細かい駆け引きに発展して、審議を招いてしまったと。
川田
そうです。
普通のレースであったなら、
まず起こらないことが起こったというか。
僕にも確かに、楽に位置を取らせたくないという気持ちがあった。
駆け引きといえば駆け引きですけど、
やはり純粋なフェアプレーではなかったと思います。
ただ、あそこで外からジワッと入っていったこと自体に、
後悔はしていないんです。
結果としてアウトになってしまったことは、本当に申し訳ないんですが、
僕自身、軽率な騎乗をしたつもりはない。
いつも通りの判断で、いつも通りに乗ったんですが、
勝負にいったぶん、周りの反応を予測するということがおろそかになってしまったんですね。
──
レース後、安田隆師はどんな言葉を?
川田
『勝負にいってのことだから仕方がない』と。
すごく優しく受け止めてくださいました。
GIを獲るチャンスのある馬で二度もやらかしたわけですから、
本来なら、『2回も騎乗停止になりやがって!』って、
怒られて当たり前だと思うんですが。
──
元ジョッキーですからね。
レースでの機微も川田さんの心理も、わかってくださったのかもしれませんね。
川田
そうですね。
軽率な騎乗をして、アウトになったわけではないことは、
わかっていただけていたと思います。
ただ、僕としては、先生の優しさに応えられなかったことが不甲斐なくて。
ホントに自分が情けなかったです。
──
二度の騎乗停止を経て、満を持して挑んだスプリンターズSでは、
レース前の取材を一切受けられなかったそうですね。
それは、どういう思いからですか?
川田
高松宮記念の前に、
『今度こそ、なんとか結果を残したい』とえらそうなことを言ったんです。
それで二度目をやってしまったわけですからね…。
だから、なんというか…、
僕にはもう、なにかを語る権利は
ないんじゃないかと思ったんです。
二度もやってしまったこの僕に、いったいなにが言えるんだろうと思ったし、
うまく話せる自信もなかった。だからもう、粛々と、静かに本番を迎えたかったんです。
──
結果は残念ながら11着。
レースは生き物とはいえ、不完全燃焼に終わってしまった印象です。
川田
ん~、今度もまた、自分の未熟さを痛感したレースでしたね。
まったく結果を残せず、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
でも、本当にダッシャーにはたくさんのことを経験させてもらいました。
騎手として、これでなにも得られなかったら…。
──
なにが得られたのかを実感できるのは、もう少し先ではないですか?
川田
そうかもしれませんね。
こんな体験、しなくていいに越したことはないですけど、
人ができないような体験をしたことは事実ですからね。
周りの方にたくさん迷惑をかけてしまったぶん、
この失敗を生かすことができる騎手に
ならなくてはと思っています。

(第3回へ続く)

単独インタビュー 川田将雅、大いに語る。

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