2003年に地方所属騎手として初めてJRAの騎手免許1次試験突破、
翌2004年にJRA移籍した赤木高太郎騎手。
1987年に園田・齋藤裕厩舎からデビューしてから24年目の今年、
11月20日に現役を引退されました。
同月21日付で橋口厩舎の調教助手として新しい人生をスタートさせた赤木元騎手に、
これまでの騎手人生を振り返ってもらい、今後の目標についてお聞きしました。

(取材日:2011年11月23日)

──
騎手生活24年、おつかれさまでした。
引退されて今の率直な気持ちはいかがですか?
赤木
今も(攻め馬で)馬に乗っているので、意外と実感が湧かないです。
だけど、引退する週は園田でも引退セレモニーをしていただいたし、
中央でもたくさんの馬に騎乗させていただきましたから、
特別な気持ちになりましたね。
でも、最後のレースの返し馬で落ちてしまったのは、
恥ずかしかった(苦笑)。
──
園田の引退セレモニーでは、恩師である齋藤裕元調教師も来場されていたんですよね。
赤木
そうなんです。「次も頑張れよ」って激励していただいて。
他に厩務員さんも遠くから来てくれたんですよ。
10年ぶりの再会で感動しましたね。
──
同じ園田出身の小牧太騎手や岩田騎手もいましたが、
何かひと言ありましたか?
赤木
園田の最終レース(赤木高太郎騎手引退記念競走)で一緒に乗ったんですが、
「おつかれさま」と言ってくれました。
セレモニーのときは、
吉田さん(勝彦アナウンサー)に散々言われていたのに、
3人とも段取り通りにできなくて、ぎこちなかったですよね。
園田三人衆は、本当は仲が悪いんです(笑)。
──
11月20日に引退されたわけですが、最後のレースを終えた夜は、
どのように過ごされたのですか?
赤木
そのときに子供の友達が花束やケーキを持ってきてくれて、
「赤木のおっちゃん、おつかれさまでした」って言ってくれてね、
ホンマにうれしかったです。
僕は子供にモテるんですよ(笑)。
──
そもそも赤木さんが騎手を目指したきっかけは何だったのですか?
赤木
僕は岡山出身で、それも田舎のほうだったので、
競馬の情報がほとんどなかったんです。
それこそ騎手では、福永洋一さんくらいしか知らなくて。
きっかけは何だったかなぁ。
定かではないんですけど、中央の試験はもう終わっていて、
たまたま園田の騎手試験があることを知って受けたんですよね。
もともと競馬のような“勝負の世界”が好きだったし、
それが騎手試験を受けた動機だったかもしれないですね。
──
そういえば、赤木さんは某有名進学校に在籍していたという噂があるのですが、
本当なんですか?
赤木
いや、高校を受けようと思ったことはありましたけど、
騎手になろうと思ったので、結局受験はしていません。
──
騎手生活の中で、やり残したことはありますか?
赤木
園田で、ある程度乗れるようになったころ、
中央のGIにすごく憧れていたんです。
そんなときに、安藤(勝己)さんが中央移籍という道を開いてくれて。
でも、結局僕は勝てませんでしたからね。
勝つまでやろうかなとも思いましたが、
年齢的にあまり引っ張らないでおこうと。
本当はこっち(中央)にきて4年経ってもGIを勝てなかったら、
辞めようと思っていたくらいですから。
──
引退を意識したきっかけは何だったのでしょうか?
赤木
初めて意識したのは去年の2月くらいですね。
実はその前に落馬でケガをしていて、
やっと完治したところだったんです。
そうしたら、また落馬をして背骨を3カ所骨折してしまった。
連続してケガをしたこと、リハビリに時間がかかったこと、
何よりも以前の自分ならこんなところでケガをしないだろうと。
この世界には、そういった運も必要ですからね。
そのときに“これまでやな”って、 チラッと思いました。
──
誰にも相談することなく、決断されたのでしょうか?
赤木
復帰後、あまり成績が上がらなくて、
“やっぱり引退かな”と思っているときに、
たまたま小牧さんと飲む機会があったんです。
そのときに「僕もこれまでかなぁ」と言ったことはありますね。
──
それを聞いた小牧さんは?
赤木
何も言わなかったですね。
ただ、飲んだあとにカラオケに行ったんですけど、
園田時代によく歌っていた懐かしい曲を歌っていましたよ。
たぶん、小牧さんなりのエール
だったんでしょうね(笑)。
──
園田時代から、小牧さんとは仲良くされていたのですか?
赤木
年齢が近いんでね。よく飲みに行ってましたよ。
──
その小牧さんは、赤木さんが所属する橋口厩舎の主戦ですから、
今後もずっと近くにいるわけですね。
赤木
引退した今だから思うことがあって、一人の騎手が成功するには、
支えてくれる人がどれだけいるかがすごく大事やなって。
トップに立っている人は、全員そのことに感謝していますからね。
──
赤木さんも引退されるときに、
「お世話になった方に恩返しがしたい」とおっしゃっていましたよね。
赤木
今は自分のことで精一杯ですけど(笑)。恩返しできるよう頑張ります!
──
大目標は“調教師”だと思いますが、
調教助手として橋口厩舎の何を学びたいと思っていますか?
赤木
良血馬が多いですからね、そういった馬たちを肌で感じられるのは
すごく勉強になると思います。それが一番ですね。
──
これまでの赤木さんの経歴を見ると、中央移籍はもちろんのこと、
園田時代にオーストラリアに武者修行に行かれたり、
中央移籍後も栗東所属でありながら、美浦に拠点を置いたりと、
己の探究心のために、常に新しい環境を求めているような気がします。
赤木
僕は何も持っていないし、何も知らないのでね。
経験することはすごく大事だし、
それが次の糧になると思っていますから。
その考えは今も同じです。
まぁ、落ち着きがないだけかもしれないけど(笑)。
──
赤木さんのそのチャレンジ精神はすごいですよね。
それは今後も変わらないですか?
赤木
いや、本当にたいしたことないんですよ。
何もない自分が何かをやると、
それがすべてチャレンジになってしまうだけで。
何ていうのかな、自分がそこ(目標)に行きたいなら、
人よりも頑張らんとあかんわけでね。
それが人から見て“チャレンジ”に見えるのなら、
そうなのかもしれないですね。
──
今、こうして取材をしていても、赤木さんは次への挑戦に向けて、
やる気が満ち溢れていますよね。調教師になったあとの夢はありますか?
赤木
夢がたくさんありすぎて、選べないなぁ。
一度、凱旋門賞を観に行ったことがあるんですけど、
あの舞台には立ってみたいですよね。
あと、小学校の先生にもなってみたい。
僕、本当に子供が好きなんですよ。
一時期、騎手をとことんやったら、
そのあとに先生になってやろうと思っていたくらいですから。
調教師を引退してから、先生になれないですかね?
──
70歳なので難しいかと……。
赤木
あっ、定年過ぎているか(笑)。じゃあ、塾の先生になるしかないなぁ。
──
(笑)。最後にファンの方にメッセージをお願いします。
赤木
騎手は引退しましたが、競馬サークルにはいますので、声をかけてくださればと思います。
そして、僕だけでなく、 橋口厩舎の馬も応援してください!
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