(福永取材日=2012年1月11日)

最後の最後までもつれ込んだ、2011年のリーディング争い。
結果、JRAリーディングは福永祐一騎手、
地方の成績も加味されるJRA賞最多勝利騎手は、岩田康誠騎手が受賞しました。
今回は、1年の半分以上を競り合ってきたおふたりに、
リーディング争いの渦中の心境から、ここに至るまでの思い、
そして"これから"について、それぞれに単独インタビューを敢行しました。
Part1は、福永祐一騎手(全2回)。はたして、彼にとっての"2011年"とは──。

──
2011年全国リーディング制覇、おめでとうございます!
福永
ありがとうございます。
──
1勝差で迎えた最終週は、3番人気から7番人気の馬で計4勝。
神がかったようなご活躍でしたね。
福永
2週を残した時点で岩田くんとは6勝の差があったから、
もうあきらめていたんだけどね。
それでも、3勝差くらいで最終週を迎えられればおもしろいかな、
とは思っていたんだけど、
まさか1勝差まで詰められるとは思ってなかった。
あの週(12月17・18日)、岩田くんが未勝利だったでしょ?
そんなこと、めったにないことだから。ホントにめずらしい。
──
普段、冷静な福永さんですが、
最後の週は、さすがにプレッシャーがありましたか?
福永
いや、楽しめました。なぜ楽しめたのかというと、
地方の勝ち鞍を入れたら、5勝差くらいで負けてたから。
だから、JRA賞の最多勝利騎手は岩田くんでしょ。
──
たしかに…。おかしなシステムだとは思いますが。
福永
だから、
自分のなかでは、
2011年のリーディングは岩田くん。
獲得賞金も岩田くんのほうが多いし、"今年はもう完敗だな"と思った。
ただ、JRAだけで見ると接戦だったし、周りも盛り上がってたから、
変に水を差すのも悪いなと思って、
周りのムードには乗っかってましたけど(笑)。
──
でも、JRA賞の最高勝率騎手(250回以上騎乗した騎手のなかで、
最高勝率をマークした騎手が受賞)は、福永さんが受賞されて。
馬券を買う側は、どうしても連対率に注目してしまうんですが、
ジョッキーの方々にとっては、勝率1位は自信になるのではないですか?
福永
でも、勝率に関しては、安藤さんの専売特許やと思ってたから(笑)。
実感も全然なかったし、 最高勝率騎手だって聞いたときも、
言われるまで気づかなかったよ。
──
そうでしたか(笑)。
JRA賞以外の報道では、
福永さんの初の全国リーディング制覇が大々的に報道されましたよね。
福永
記録上は、JRAリーディングとして残るんですよね。
でも、JRA賞は地方の成績も込み。
たぶん、そのうち統一されると思うけどね。
これからは、海外も地方もJRAも、全部一緒にすればいいんですよ。
──
昨年は、春から終始、競り合ってきたわけですが、
正直、精神的に"しんどいな"と思う時期もあったのではないですか?
福永
それはあんまりなかったね。
ずっと競り合っていたから、周りからはいろいろ言われていたけど、
12月に入らないとわからへんし、って思ってたから。
でも、1カ月前あたりまでは、
地方の成績を入れても争えるくらいになっておきたいと思ってたので、
意識はしてましたよ。
でも、そこは自分がリードできなかった。
だから、今年は負けだなって。
──
今回、改めて、おふたりのリーディング争いの推移を調べてみたんですけど、
5月からずっと、おふたりが1位、2位でしたものね。
福永
(双方の成績を比較した表を見ながら)ほんとやね(笑)。
でも、岩田くんが1位だった時期が圧倒的に多いね。
──
追われる時期が長かった岩田さんのほうが、
プレッシャーはあったのかもしれませんね。
福永
そうだと思う。岩田くんは考えちゃうタイプだから。
──
年間を通して、おふたりの間にいつもとは違う緊張感というか、
ピリピリした空気が流れたりはしなかったのですか?
福永
緊張感っていうのとは全然違うけど、いつもとは違ったよ。
自分も岩田くんに『(差が)あとひとつですよ』とか、言ってたし(笑)。
だいたい毎週、どちらかが固め勝ちしていて、
1週の固め勝ちで変わるような差だったからね。
残り2週の時点で岩田くんが固め勝ちしたときは、
"どや顔"してきたりとか(笑)。
自分は、『もう、さすがにキツイっすねぇ』とか、
岩田くんに言ったりしてね。
──
なんだか、おふたりとも接戦を楽しんでいらしたような…。
福永
そうだね。
1勝差になった最終週も、岩田くんに
『まさか先週、未勝利ってあり得ないでしょ!』
って言ったら、岩田くんは岩田くんで
『いやぁ~、おもしろくなってきたで~』とか言ってたし。
だから、ピリピリとかは全然なかったですよ。
──
でも、お互いの騎乗馬のラインナップが気になったり…。
福永
それはお互いにあったと思う。
自分が乗っていても乗っていなくても、
"岩田くん、勝ったかな"って気になったし。
それはお互いに意識してたと思います。
ただ、負けてほしいとか、そういう気持ちは絶対になかったね。
岩田くんと自分は、タイプが全然違うからおもしろいんだと思う。
だから、一緒に飲んでいても、すごくおもしろい。
──
そういえば、年末におふたりそろってラジオ出演されて、
そのあと飲みに行かれたそうですね。
どんなお話をされたんですか?
福永
昔から
『ふたりでいつか、
  ユタカさんの牙城を崩せたら…』
って話をしていてね。
だから、実際こうやってふたりでリーディング争いをできるようになって…
というようなことを話して。
ただ、去年リーディング上位にきたからといって、
ユタカさんを超えたなんて思ったことはない。
まだまだこれからだと思ってる。
──
以前、『武豊さんを超えてこそ日本一』だっておっしゃってましたよね。
福永
でも、おそらくユタカさんの実績を超えられる騎手なんていないですよ。
それに今年は、ユタカさんも
『このままじゃ終わらない』『リーディングを狙う』って
いろいろなところで公言されてますよね。
それって、すごくめずらしいことで。
ユタカさんがそう公言するっていうことは、
絶対にこのまま終わらないと思う。
幸い、超えるべき存在のユタカさんと、一緒にレースに乗ってるんでね。
自分も、つねに上位争いに入っていたいなって。
──
リーディングのトップを意識されるようになったのは
2009年だと以前おっしゃってましたよね。
そこから2010年関西リーディング、2011年は全国リーディングと、
まさに有言実行といった感じですが、
ジョッキーとして、ご自分でご自分の変化を感じていますか?
福永
感じてます。
まぁ、ざっくり見たら、わからないと思いますけどね。
──
気持ちの面でも強くなってらっしゃいますよね。
福永
気持ちの面では、2009年の夏に、友達に
『武豊が(ケガで)いないときに、お前が一番じゃなくてどうするんだ!』
ってはっぱをかけられたのが大きいかな。
それに、こうやって 結果が出てくると、
自然と気持ちって強くなっていくので。
やっぱり自信になりますから。
──
2008年の春に、競馬月刊誌で岩田さんと対談していただいたときも、
岩田さんが一生懸命、
福永さんに『ふたりでもっと上に行こうよ!』って、
はっぱをかけていましたよね。
福永
当時はまだ、
"そうだな、俺も頑張らなくちゃな"って思っていたくらいだったな。
具体的に、何かを始めていたわけじゃなかったし。
──
でも、岩田さんという存在は、
意識を変える大きなきっかけになったのではないですか?
福永
それはもちろん。
岩田くんが中央に移籍してきたことが、
自分にとって今に至るスタートでしたね。
──
岩田さんは岩田さんで、実際、おふたりで競り合うようになって
『あんなこと、言わなきゃよかったな…』って、
おっしゃってますけど(笑)。
福永
ああ、冗談でね(笑)。
岩田くんも、絶対に今が楽しいと思うよ。
自分もすごく楽しいし。
──
それにしても、福永さんの有言実行は見事です。
リーディングを意識するようになってから、
具体的に何をどう変えられたんですか?
福永
そうですねぇ…。
そもそも、デビューが普通の騎手とは違ってたんでね──。

デビュー当時から、"天才・福永洋一"の息子として、特別な存在だった福永騎手。
現在に至るまでには、さまざまな選択、さまざまな葛藤がありました。
後編では、その心の変遷に迫るとともに、トップを獲るために実践してきたこと、
そして、全国リーディングの頂点に立った今、改めて思う"ジョッキー・福永洋一"──。
福永騎手のリアルな心象に迫ります。

 
(Part1 福永・後編へ続く)

福永祐一vs岩田康誠 "当事者"がそれぞれに振り返る2011年『The Leading Battle』

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