(福永取材日=2012年1月11日)

──
福永さんがデビューされたのは96年。
花の12期生として、ものすごい注目を集めましたよね。
なかでも福永さんの存在は、
"天才・福永洋一"の息子として、大きく報道されました。
福永
普通じゃなかったですよね。
デビューした年なんて、
騎乗停止で丸々2カ月乗れなかったのに、53も勝たせてもらって。
それだけ数を乗せてもらっていたっていうことですよね。
でも、注目されているぶん、
結果を出さないと淘汰されるのも早いと思っていましたよ。
──
20歳前にして、ご自分を客観視できたなんて、福永さんらしいです。
福永
うん、けっこう冷静だったかもしれない。
普通、若い騎手は、上手に馬に乗るための努力をするんですよね。
でも僕は、まずどういうポジションで、どういう乗り方をすれば勝てるか
っていうレースセンスの部分を磨こうと思った。
本当は、騎乗センスも同時進行で磨ければよかったんだけど、
自分のキャパシティ的にそれは無理だったから。
30歳くらいまでは、そんな感じでしたね。
──
ちょうど30歳前後で、
デビュー当時からバックアップしてくれていた北橋厩舎、
それから所属の瀬戸口厩舎が解散されましたよね。
福永
そう、そこで一度成績が落ちてね。
そこからです、後回しにしてた
"馬に乗る"という部分での技術を
高めることに取り組みだしたのは。
──
成績が落ちたことがきっかけになったと。
福永
それもあるけど、実は藤原厩舎の調教に乗るようになったことが大きくて。
藤原先生の弟さんが北橋厩舎で助手をやっていた関係で、
声をかけてもらってね。
あの厩舎のスタッフって、馬術チームなんですよ。
ようは、基礎の部分がすごくしっかりしてるんですよね。
馬術の要素って競馬学校で少し習ったくらいで、
それほどやったことがなかったから、
ちょっとした意識改革につながったんですよね。
で、コーチを探し始めて。
──
コーチというと?
福永
騎手の技術的なコーチ。
とりあえず、このままじゃ絶対にリーディング争いなんて
できるわけがないと思っていたし、実際にできていなかったから、
なにかしないと変わらないと思ってね。
結局、いろんな縁があって、紹介していただいた人がいて、
コーチを依頼したんです。それが2年前の春だったかな。
──
思い切って環境を変えられたんですね。
それって、簡単なようでいて、すごく難しいことだと思うんですが。
福永
"馬に乗る"っていう部分に関しては、全部捨てられたんでね。
スタートとかポジショニングに関しては、ある程度自信があったけど、
"馬に乗る" "馬を動かす"っていう部分は、全然自信がなかったから。
全部捨てられたのが大きかったと思う。
──
ところで、コーチをつけられた方って、これまでいましたっけ?
福永
いなかったんじゃないかな。聞いたことないですもんね。
そもそも、
人がやってないことを見つけて、
実際にやることが好きなんですよ。
コーチについては、その人が言っていることがすべて正しいのかどうか、
正直、今もわからない。
ただ、やってみなければわからないし、
実際にコーチをつけた自分が、
一昨年関西で一番になって、去年はJRAで一番になることができたのは、
やっぱり自信になるよね。
──
北橋厩舎、瀬戸口厩舎の解散、岩田さんの中央移籍、ご友人の叱咤激励と、
いろいろなことが重なって、心技体すべての改革につながったんですね。
福永
そうですね。ちょうどみんな同じような時期で。
──
ところで、福永さんは以前から、
「自分は天才じゃない」とおっしゃってましたよね。
では、天才じゃない人間が天才を超えるためには、何が必要だと思いますか?
福永
なにが必要か…。
ん~、まず
天才を超えようと思わないことじゃないですかね。
だって、岩田くんみたいに乗れるようになりたいと思っても、
絶対に無理ですからね。
──
福永さんから見て、岩田さんは天才?
福永
うん、騎乗するっていうことに関しては、天才だと思います。
レースについては、勉強家だし、研究もしてる人だけど、
こと"馬に乗る"っていうことに関しては、感覚的な人だと思うから。
だから、自分とはタイプが違う。
岩田くんを目指してしまうと…、結果的に超えられないんだと思います。
──
福永さんは福永さんのやり方で、ということですね。
福永
そうそう。
ずっとユタカさんがパーフェクトなジョッキーだと思って、
見よう見まねでやってきたんだけど、
コーチをつけて基礎からやり直した結果、違う乗り方になった。
やっぱり、ユタカさんとは体つきも身体能力も違うからね。
──
福永さんなりの結果が出たということですよね。
福永
すごくシンプルなんですよ。
もしずっと一番だったら、何も変えなかったと思うし。
変える必要がないわけだからね。
でも、自分が思うままに乗って結果がついてくる…
っていう騎手じゃなかったから。
──
でも、本格的にリーディングを目指して2年で実現されて。
本当にすごいことです。
環境も中身も、人間って、そう簡単には変われないものじゃないですか。
福永
プライドがあると変われないよね。
でも、プライドって積み上げていくものでしょ?
たとえば、1年目の騎手が持っているようなものじゃない。
自分では持っていると思っても、それはプライドとは言わない。
大切なのは、
自分のなかで本当に大事にしているものは何か…
っていうことじゃない?

──
福永さんのおっしゃること、ここ3年の心の動きって、
競馬界だけじゃなく、一般社会にも通じるバイブルのようですね。
福永
いやいや、この世界しか知らへんからね(笑)。
──
さて、全国リーディングという目標を叶えると、
今後の目標も大きくなっていくと思うんですが、
今現在、当面の目標というと?
福永
まずはね、
競馬界を自分が引っ張っていこう
っていう気持ちがあるなら、
それを公言していこうと思って。
日本人って、騎手だけじゃないかもしれないけど、
"自信満々"っていう態度って、あんまり受け入れられないでしょ?
求められるのは「いやいや、自分なんて…」って
謙遜しながら上を目指す姿勢というか。
実際にそういう人が多くて、自分にも求められたりしたんですけど、
それはもう辞めようと思って。
──
日本人は、そういう謙虚さを美徳とするところがありますからね。
福永
そうそう。
ビッグマウスが受け入れられない社会というかね。
実際に一昨年くらいからかな、
『自分が競馬界を引っ張っていくつもりで頑張ります!』
って言うようにしてね。
人によっては『福永がなに言ってんだよ。身の程知らずが!』
って思う人もいるだろうけど(笑)。
──
では、次の目標として公言することというと?
福永
もう世界でしょうね。
とか言うと『アイツ、もう日本では敵なし! みたいに思ってんのか』
って思う同業者もいるでしょうね(笑)。
でも、思いたい人は、そう思えばいいんじゃないかなと思って。
むしろ、俺なんかに『世界に行く!』って言われて、
恥ずかしいと思ってほしい。
でも、せっかく騎手をやってるんだし、
みんな日本一になりたいと思って頑張ってるわけだから。
その先に、できれば世界にも行きたいと思ってるなら、
もう堂々と公言しようと。
でもまぁ、自分の場合で言うと、
"とりあえず行ってみるか"っていうのはないと思う。
行くとしても、ある程度道筋が見えてから行きます。
──
ここまで有言実行を実現されてきた福永さんですからね。
この先が本当に楽しみです。
最後に、全国リーディングに立った今、
改めて思う"天才・福永洋一"とは、どんな存在ですか?
福永
ん~、こんなこと言ったら、
『アイツ、なに言うてんねん』って思われるかもしれないけど、
本当に天才やったのかなぁって思うね。
自分が人より能力があるかもしれないと思うのは、
さっきも言ったけど、人がやってないことを見つけること。
それは親父もそうやったんちゃうかな…と、今思うんだよね。
──
洋一さんを、"努力の天才"という方もいらっしゃいますよね。
福永
うん。今だったら、パソコンで全競走馬の全レースが見られるでしょ?
親父は当時、家でずっと競馬四季報を読んでたっていうから、
同じだったのかなぁって。
たとえば、パッと依頼されたときに
「ああ、この馬、この前こういうレースをしてた馬やろ」って言うと、
「よう知ってんなぁ。アイツ、全部の馬のデータが頭に入ってるんちゃうか」
ってなって、話が広がっていく。
自分も今、どういう馬がどんなレースを
していたかっていうのは、頭に入ってる。
今、自分がやっていること、スタンスを考えると、
おそらく親父は、
当時の人たちが想像つかないことをやってただけ
ちゃうかな、っていう気がするんだよね。
──
あとは、逃げ馬を追い込ませたり、追い込み馬で逃げ切ったりなど、
そういった騎乗が天才と言われた所以だと。
福永
実際の騎乗というより、その発想だよね。
ポジションにこだわってる人が多いなかで、
親父はこだわってなかったんだと思う。
つまり、馬のリズムを大事にしてたんじゃないかな。
だから、当時においては、
ひとつ先の感覚と考え方を持っていた騎手だったんじゃないかなって、
今は思うけどね。
──
発想も含めて、人と違った感覚を持っていたというあたり、
今の福永さんと共通しているような気がします。
福永
人と同じことをやっていたら上に行けないと思ったから、
やらざるを得なかったんだけど。
ただ、なんとなく、親父もそうやったんちゃうかな…と。
でも、確実に言えるのは、
親父のほうが断然頭が良かったっていうこと。
家ではめっちゃおしゃべりだったのに、外では寡黙でいたり、
麻雀もわざと負けたり。絶対に敵を作らなかったらしいからね。
──
全国リーディングを獲ったことは、お父様にどうやって報告されたんですか?
福永
してない(笑)。
──
えっ、そうなんですか!?
福永
うん、見ててくれてるやろうしね。
そもそも、家で競馬の話をすることは、ほとんどないから。
──
でも、今回お話を聞いて、改めて、これからの福永さんが楽しみになりました。
福永
今、コーチと一緒にやっていることもまだ途中だからね。
それが全部できたときに、どれくらいの騎手になっているか。
その結果次第だけど、そのときに
いろんなタイミングが合えば、
世界を目指そうと思ってます。

(Part2 岩田・前編公開中)

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