(岩田取材日=2012年1月26日)

最後の最後までもつれ込んだ、2011年のリーディング争い。
結果、JRAリーディングは福永祐一騎手、
地方の成績も加味されるJRA賞最多勝利騎手は、岩田康誠騎手が受賞しました。
今回は、1年の半分以上を競り合ってきたおふたりに、
リーディング争いの渦中の心境から、ここに至るまでの思い、
そして"これから"について、それぞれに単独インタビューを敢行しました。
Part2は、岩田康誠騎手(全2回)の登場です!

──
2011年JRA賞最多勝利騎手、最多賞金獲得騎手のダブル受賞、
おめでとうございます!
岩田
ありがとうございます。 でも、正直複雑な気分ですね。
実際のリーディングは祐一くんだし、
俺の中で取ったと実感があるのは最多獲得賞金だけやから。
──
福永騎手は、『昨年は岩田騎手に完敗です』
おっしゃっていましたが。
岩田
それはこっちのセリフ!
ホンマにこのままだと、
2012年はもっと差をつけられるんじゃないかと思ってるよ。
──
JRA賞の授賞式では、
福永騎手に"今年は、打倒岩田康誠です"と宣言されました。
岩田
あの瞬間、汗が一気にドバーっと出たね。
もう蛇に睨まれたカエルやった(笑)。
それほど、今の祐一くんは自信に満ち溢れていて、
JRAを背負っていける器になったということ。
ホンマに進化しましたよ。
──
福永騎手のことをそう思うようになったのはいつごろですか?
岩田
一昨年からかな。
成績もそうやけど、レースの中身がまるっきり変わった。
それだけの努力をしているし、一番を獲ろうという意気込みは、
JRAのジョッキーの中ではNo.1ちゃう?
──
その福永騎手をやる気にさせたのは、
以前岩田騎手がはっぱをかけたからですよね。
岩田
そう…、 言わんかったら良かった(笑)。
──
でも、それがあったからこそ、
昨年の熾烈なリーディング争いがあったわけですよね。
岩田
ファンはおもしろかっただろうけど、俺はめちゃめちゃしんどかったよ。
大きくリードしていれば楽だったけど、
いつ入れ替わってもおかしくないところに祐一くんが常にいたからね。
追うよりも追われるほうがしんどい。
──
とくに辛かったのはいつですか?
岩田
やっぱり12月やね。
──
でも、2週を残した時点で6勝差だったときは、
正直勝てると思ったのではないですか?
岩田
いや、まだわからへんって思ってた。
祐一くんは『もうさすがにキツイですねぇ』って言ってたけど、
『残り4日でゴロっと変わることもあるで』って返したんですよ。
俺もね、園田時代に(小牧)太さんとリーディングを争っているときに、
2日で7勝して逆転したことがあったから。
──
実際、翌週に岩田騎手が0勝で、福永騎手が5勝。
一気に1勝差に縮まったんですよね。
岩田
0勝はたまたまだけど、
そこが自分の甘いところというか、足りひんかったところ。
──
月別の勝利数を調べてみると、
福永騎手がコンスタントに勝ち星を重ねていますが、
岩田騎手は勝利数にバラつきがあります。
岩田
そう、波があるのが俺の欠点。
ノッているときは体が勝手に動いてくれて、
1日4勝、5勝とボボンと勝てるんやけど、
ノッいないときは勝ちたい気持ちが強すぎて…。
もうちょっと落ち着いて乗っていれば勝てたレースもいくつかあった。
だから全体的に2着が多いでしょ。
──
結局、最終日の中山1Rに福永騎手が1勝を挙げて、
そのままリーディングを獲得しました。
岩田
正直なところ、 130勝してもリーディングを獲れんのか
って思った(苦笑)。
ただね、ふたりで競っていたから、これだけ勝てたんかな、とも思うんですよ。
──
実際、楽しかったのではないですか?
岩田
うん、楽しかった。
祐一くんは向上心があるし、その向上心以上に技術がついてきている。
外から見ていたらわからないと思うけど、
祐一くんの競馬の中身はホンマに数年前とは違うよ。
見習わないといけない部分がいっぱいある。
自分ももっと上を目指したいから、
もっとがんばらんと。
まだ、足らへんもんなぁ。
──
岩田騎手にとって、福永騎手の存在は大きいのですね。
岩田
今はね。
──
以前は違ったのですか?
岩田
俺がJRAに移籍してすぐのころはくすぶっていたよね。
お父さんが福永洋一という天才騎手でしょ。
親が偉大すぎてコンプレックスもあったと思うんですよ。
それでもコツコツと努力をして、階段を一歩ずつ上がってきた。
ホンマにすごく進化したなぁ。
──
福永騎手は、最近コーチもつけているとか。
岩田
知ってる!
俺も体を鍛えてみたいんやけど、
どないして鍛えていいかがわからないんですよ。
だから、祐一くんがどうやって鍛えているか興味があったんやけど、
聞いても教えてくれんかった(笑)。
──
岩田さんはジムなどに通って体を鍛えていないのですか?
岩田
何にもしてない(笑)。
ただね、そのぶん毎日1頭でも2頭でもいいから、必ず馬に乗るようにしてる。
園田のときは毎日朝から晩まで馬に乗ってた。
終わったあとはボロボロだったけど、
今思えば、あれがあったから、
今のバランスだとか、体ができたんだなと思うんですよ。
だから、
本当はもっともっと馬に乗りたい。
──
馬に乗ることで、自然と体を鍛えていると。
そういえば、レースの騎乗数も多いですよね。
岩田
そうやね。
この間、1日6鞍乗ったんですけど、仕事してへんって思った。
8、9鞍くらいがちょうどいいね。
全レースだとさすがにしんどい(苦笑)。
まぁ、それだけ多く乗せていただけるというのは幸せなことだけど。
──
話を福永騎手とのリーディング争いに戻しますが、
岩田騎手は一昨年の札幌で落馬したときに骨折した箇所のボルト除去のため、
8月24日から2週間ほど戦列を離れましたよね。
あれがなければリーディングを獲れていたかもしれないと思いませんでしたか?
岩田
たら、ればの話をしてもしょうがないでしょ。
それも人生だから。
──
リーディング争いをしているときによく決断されましたね。
岩田
なんでかって思うでしょ?
あれは嫁さんのアドバイスで決めたんです。
暮れの寒い時期に除去すると大変だからって。
──
競馬から離れるのは不安ではなかったですか?
岩田
そりゃ、あったよ!
うぉ~、今週からかよって。
──
でも、ボルト除去したことで、完全復活したわけですよね。
10月は22勝もしていますし。
岩田
実はね、ボルトを除去するだけじゃなかったんですよ。
手術中に右鎖骨の部分がまだ完全にくっついていなことがわかって、
急きょ、すねの骨の一部を鎖骨に移植することになって。
そしたらね、騎乗するときって、すねの部分が思いっきり当たるんですけど、
それがめちゃめちゃ痛くて。
もうすねが角に当たったときの3倍以上の痛み!
実はあのとき冷汗かきながら騎乗してたんですわ。
そのときは、
ホンマに人生谷あり、
また谷ありやなぁって思った(苦笑)。
──
その中で10月に22勝もしたんですか!
岩田
そやねん。
でも、不思議なもんで、勝つときは痛みを感じないんだよね。
逆に2、3着のときほど痛い(苦)。
──
では、本当の意味での福永騎手とのリーディング争いは今年ですね。
楽しみな馬もたくさんスタンバイしていますし。
岩田
そうやね。ケガなくいければいいね。

痛みをこらえながら、リーディングを争っていた岩田騎手。
2011年はそのリーディング争いだけでなく、
女傑ブエナビスタとともに歩んだ一年でもありました。
後編では、そのブエナビスタのこと、
そして今春のGI戦線の意気込みを聞いていきます。

 
(Part2 岩田・後編へ続く)

福永祐一vs岩田康誠 "当事者"がそれぞれに振り返る2011年『The Leading Battle』

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