最高の形で2011年の幕を下ろした池添は先述した通り、
今年の初騎乗をドバイで果たすことになった。
前年の日本ダービーの勝利騎手が選出されることが慣例となっている
メイダンマスターズ国際騎手チャレンジ。
この舞台に立てることに対し、池添は心中を吐露した。

「オルフェーヴルのお陰で招待されたわけですけど、
オルフェーヴル自身、今年は海外遠征のプランがありますからね。
個人的な気持ちとして、オルフェーヴルが挑む凱旋門賞よりも早く、
僕が海外での初勝利を達しておきたいんです」

先に記したように、01年にはフランスで騎乗している。
デュランダルとのコンビでは香港で1番人気に支持されるという
プレッシャーも味わった。
また、イタリアにはいわゆる弾丸ツアーという形で参戦。
好騎乗をみせたものの2着に惜敗。
昨暮れのカレンチャンとのコンビで臨んだ香港スプリントの記憶も新しいが、
未だに海の向こうでの勝ち鞍はなかった。

お祭り色の強いメイダンマスターズだが、
池添にとっては自身初の海外での勝利を懸ける戦いでもあったのだ。

バルジュハリファの麓で食事を終えた池添と
タクシーを捕まえてメイダン競馬場へ向かった。

メイダンマスターズは2日に渡って行なわれる。
初日に1鞍、2日目には3鞍騎乗。
計4レースでジョッキー達がポイントを争うシリーズだ。

池添以外の出場者には説明不要のL・デットーリ、
昨年19歳と言う若さで英国ダービーを制したM・バルザローナ、
フランケルとのコンビで名を馳せたT・クウィリー、
そして日本でもお馴染みのM・デムーロ、C・ウィリアムズ、C・ルメールら
キラ星のごとき名が並ぶ。

そんな中、初日の戦いに臨んだ池添。
パドックではルメールやデムーロらと笑顔みせながら言った。

「ドバイは初めてだけど、
オルフェーヴルの経験があるから変な動揺はありません」

競馬は10着に敗れたが、その晩、アフリカ料理に舌鼓を打ちながら、池添は言った。

「凄いジョッキーばかりに囲まれて楽しく乗ることが出来ました。
悪い着順だったのにこれだけ楽しく乗れるんだから
勝ったらどんなに楽しいかと思うと益々勝ちたくなりました」

翌朝、目覚めた池添はランニングで汗を流した後、パソコンと対峙した。
ウェブサイトを開き、この日、自らが乗る馬の競馬ぶりをチェックしたのだ。

そうして臨んだ最初のレース。池添の願いは早くも成就した。
レース前にウェブでチェックし、
「脚の使いどころ次第で十分勝負になる」と思った馬で、
早目に先頭に立った。3コーナー手前でデムーロが動いたため、
仕方なく動かざるをえない形。
そのため、少々強引に思えるくらい早目に先頭に躍り出た。
しかし、そこから粘りに粘った。
タペタを蹴散らしながら最後まで他馬に先頭を譲らなかった。

「足音が聞こえなくなったし、
ターフヴィジョンをみたら後ろとの差が開いたので勝てると確信しました」

最後は右の拳を軽く握りながらゴールラインを通過した。
初めて海外に出てから11年目。
これが夢にまでみた海外初勝利であった。

「嬉しかったですね。
日本でいうワールドスーパージョッキーズシリーズのようなもので、
これに選ばれただけでも嬉しいことなのに、
待望の海外初勝利を挙げることが出来た。本当に嬉しかったです!」

結局、計4戦で行なわれたシリーズの総合成績は3位に終わった。
全てのイベントが終わった後、競馬場に隣接するホテルのレストランで一杯やった。
同席したのはC・ウィリアムズとC・ルメール。
二人ともこのシリーズで勝ち鞍を挙げ、
とくにウィリアムズは総合優勝を果たしていた。
横で談笑する彼等に意識的にか無意識か、
ちらりと目をやった後、池添が悔しそうな表情で口を開く。

「1つ勝てたのは良かったけど、
あそこまでいったら優勝したかったなぁ……」

その言葉を受け、
『レース前はどんどん欲張って良いけど、レース後は欲張ってはいけない』
と告げると、池添が更に応じた。

「欲張っているんじゃありません。反省しているんです」

オルフェーヴルと臨んだ三冠レースで、
池添は「今後、少々のことでは動じない経験をさせてもらった」と言う。

有馬記念の勝利は勿論、カレンチャンやエイシンアポロンによるGI勝利も
「昔の僕だったら同じように乗れたかは分からない」

また、デュランダルと共に散った香港マイルを思い起こしてもらうと、
叶わぬ話と言いながら「今なら違う競馬が出来るとは思う」と続けた。

では逆に、まだ自分に足りないのはどういう点と思うかを問うと、次のように答えた。

「満足したらお終いです。
まだまだ足りないところだらけで、レースの度に反省しています」

仏教の教えではないが"迷わぬ者に悟りなし"だ。
とくに競馬の世界では
縦糸と横糸がどれほど複雑に絡み合っているかは誰にも分からない。
もしかしたら今回のドバイでの勝利が、敗戦が、
ロンシャンの誇り高きレースに紡がれているのかもしれないのだ。
だから池添は言う。

「たとえ1つ勝っても今回も反省だらけです」

3月にはエイシンアポロンと共にこのドバイへ帰ってくる予定である。
また、秋にはオルフェーヴルと一緒にフランスへ行く予定である。
11年前、若き池添の前に立ちはだかった自由と平等と友愛の国で、
金細工師と共に池添はどんな戦いをしたいと考えているのか……。

「オルフェーヴルのことは
僕が一番良く知っているという自負は持っています。
オルフェーヴルなら世界へ出てもやってくれると信じています。
だから、僕は迷惑をかけないように乗る。それだけです」

さらに突っ込んで聞く。
迷惑をかけないように乗るためには、一体何が必要なのか?と。

池添は答える。

「僕自身が少しでも上手くなることです」

この時、メイダン競馬場は昏黒の闇に覆われていた。
1月6日の午後11時。
世界一高いビルの麓で池添に会ってからこの時まで、時間にすれば僅か34~35時間。
池添の騎手人生に於いては一瞬の出来事だっただろう。
しかし、この一瞬は一生の記憶となり、
彼の今後の騎手人生に影響を与えるかもしれない。
もしかしたら10月の第一日曜日にも影響を及ぼす2日間だったかもしれない。
そう思わずにはいられない濃密な時間の先に、新たなる栄光があることを願おう。

(文中敬称略)


平松さとしがみた池添謙一inドバイ ~11年目の一瞬、秋へ向けた希望の初勝利

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