(取材日=2012年7月26日)

2012年春、石橋脩は淀の大舞台で大仕事をやってのけた。

パートナーは、14番人気ビートブラック。
オルフェーヴルをはじめとする有力馬が中団から後方に構えるなか、
2週目の3コーナーで積極果敢にハナを奪うと、小気味よいラップを刻みながら直線へ。
そのままグングンと後続を引き離すと、残り200地点で勝負アリ。
まんまと押し切ってみせたのだ。

デビュー10年目に初めて手に入れた、大きな大きな勲章。
ゴール後に見せた派手なガッツポーズとは裏腹に、石橋は淡々と振り返る。

石橋
京都にはそんなにしょちゅう行く機会が
あったわけではないですが、それまで全然勝てなくて。
あの天皇賞が初勝利だったんですよね。
でも、京都の外回りの長い距離は、
ああいうことが起こりうるコース。
それは、事前にレースのVTRなどを見て、イメージはしていました。
一発やってやろう! っていうほどではありませんが(笑)、
たしかに、
うまくいけば…という気持ちはありました。

「GIを勝ったからといって、僕自身はなにも変わりません。今まで通り、毎日コツコツとやってます」
という石橋だが、今年はこれまでに自身最多となる重賞4勝。
GIへの騎乗機会もグッと増えた。

石橋脩、28歳。10年という節目の年に、大きな転機を迎えている。

石橋
(重賞での好成績は)いい状態のときに乗せていただいた
っていうのが、一番大きいと思うんですよね。
あとはやっぱり、なかなか重賞を勝てなかったんですけど、
勝ってからは、なんていうのかな……
気持ちに余裕が出てきたのかな。

デビュー初年度から25勝を挙げ、JRA賞にこそ届かなかったが、
もっとも優秀な成績を残した関東の新人騎手に贈られる
民放競馬記者クラブ賞(関東新人騎手賞とも呼ぶ)を受賞した。
その後もコンスタントに35勝前後をマークするも、重賞タイトルにはもう一歩届かず…。
その間には、同期の松岡正海が頭角を現し、
07年にはヴィクトリアマイルを、10年には天皇賞(春)を制した。

石橋
1年目は同期の勝ち鞍がすごく気になって。
でも、2年目以降は、それほど意識はしませんでしたね。
松岡がGIを勝ったときも、素直に「良かったな」って思えたし、
僕は僕でコツコツやっていくだけだなと。 だから、誰かの活躍が刺激になってやる気になったこともないし、
逆に腐ったこともないです。
ただ、重賞をなかなか勝てなかったことは、
今になって思うと悩みのひとつだったかもしれません。

そして迎えた、2010年フェアリーS。
11番人気コスモネモシンを駆り、石橋は悲願のトップゴールを駆け抜けた。
デビュー8年目にようやく手に入れた初タイトルに、左右の拳を何度も握りしめた姿が印象的であった。

石橋
重賞を勝っていないころは、
〝いつかは勝てるんじゃないかな〟くらいの気持ちでいたんです。
でも実際は、全然勝てなくて。
こうやっていくつか勝たせてもらって思うのは、
やっぱり無意識のうちに焦りが生じて、
それが馬に伝わっていたのかなって。

重賞初制覇の翌月には、早くもアーリントンC(コスモセンサー)で2勝目をマーク。
昨年も、ストロングリターンとのコンビで京王杯SCを優勝後、安田記念でも2着するなど、
焦りから解放された石橋のキャリアは、確実に第二ステージへと突入した。

近年もうひとつ、彼の身に大きな変化があった。
2011年4月、石橋はデビュー以来初めて、騎乗馬の取りまとめをエージェントに依頼したのだ。
それまでも、年間700~800鞍に騎乗していた石橋。
それらの依頼をすべて自分で受けて、取りまとめていたとは、このご時世にして少々驚きである。

石橋
そう、今まで一度もお願いしたことがなかったんですよね。
お任せすることがどれだけ楽か知らなかったので、
とくに大変と思うこともなく(笑)。
お願いしてみて、生活に余裕が生まれたのはもちろん、やはり
いい馬に乗せていただける機会が
増えたように思います。
天皇賞(春)の騎乗も、
ちょうど京都で騎乗予定があったこともあって、
(エージェントの)森山さんがうまく頼んでくださったみたいで。
GIの騎乗が増えたのも、森山さんのおかげです。

元来、ジョッキーとして、非常に努力家で研究熱心だという石橋脩。
だからこそ、現在の活躍があるのは言うまでもない。
そして、そんな彼の姿勢を、買ってくれている人物がいる。
関東No.1トレーナー、堀宣行である。
今やすっかり、堀厩舎の主戦級となった石橋。
はたしてそのきっかけとは、なんだったのだろうか。

(第2回へ続く)

石橋脩騎手インタビュー『理想を求めて』

ジョッキーインタビュー!CLUB GRIP トップへ戻る