(取材日=2012年7月26日)
キャリア10年目を迎えた現在も、柴田政人厩舎所属のジョッキーとして、活躍を続ける石橋脩。
「柴田先生はいつも温かく見守ってくださっています。」と、感謝を込めて師を語る。
そのいっぽうで、近年は堀厩舎でも主戦級として起用され、いまやすっかりお馴染みのコンビとなった。
堀厩舎でコンスタントに騎乗するようになったのは、07年の6月から。
03年から06年までの騎乗は年間1鞍に過ぎなかったことを思うと、
07年21鞍、09年44鞍、11年68鞍と、年を追うごとに激増の一途である。
堀厩舎の開業は、奇しくも石橋のデビューと同じ03年。
34歳の若き調教師は、10年で関東No.1トレーナーの座に上り詰めた。
もとより数年前から、「すごく試行錯誤しているのがわかる」
「調教も1頭1頭、ものすごく考えながらやっているようだ」と、
現場のトラックマンの耳目を注目を集めていた堀厩舎。
石橋もまた、調教を手伝い始めた当初から、特別な空気を感じ取っていたようだ。
言うまでもなく、仕事に情熱を注いでいるのはどの厩舎も同じだが、
やはりそのなかで人と違うことをし、ジョッキーにもトラックマンにも
〝特別な何か〟を感じさせる空気が、昨今の堀厩舎にはあるということだろう。
そういった現場から得るものは大きく、また、刺激になっているに違いない。
そんななか、07年9月、のちにGI馬となる1頭の競走馬と出会う。
いわく「好きなんですよね」というジャガーメイルだ。
初戦から手綱を取り、断続的ではあるが、5歳秋の京都大賞典(4着)まで、9戦でコンビを組んだ。
その間には、アルゼンチン共和国杯と目黒記念で、二度の重賞2着があった。
その時点での石橋は、まだ重賞は未勝利。
「そういえば…」と、当時の悔しさを思い出したかのように、
物静かだった石橋の口調が、少しだけ熱を帯びた。
味わった悔しさも、今となってはすべてが糧。
だからこそ、解放された今、これだけの成績が付いてきているのだ。
前回の最後でも触れたが、石橋はとにかく努力家で研究熱心。
騎乗馬1頭1頭の過去のレース映像を必ず見て、自分なりにイメージを膨らませたうえでレースに臨む。
そう謙遜気味に言うが、この一連の作業が習慣となった理由には、
ジョッキーとしての石橋らしいポリシーが滲む。
と、仕事に対する姿勢を熱く語ってくれた石橋脩。
が、プライベートについての質問に及ぶと、途端に「……」と考え込む。
そして「仕事のことはともかく、自分のことを話すのは苦手なんですよね…」とポツリ。
そうはいっても、CLUB GRIPはファンサイト。
次回では半ば無理矢理に(!?)、「人間・石橋脩」に迫る!
(第3回へ続く)