慣習の違いや言葉の壁と戦う川田将雅を、時にはアクシデントが襲うこともあった。

ヴィシー競馬場での乗り馬が決まっており、かの地に滞在していた時の出来事だ。
別の、しかも遠くの競馬場での騎乗依頼が入った。

「『チャンスのある馬だからそちらへ行こう』とエージェントに勧められ、
  すでに決まっていたヴィシーでの乗り馬を断りました」

そうして、ヴィシーから車で4時間かけて移動した。
信頼と時間を代償としてフランス初勝利を手にするつもりが、
予期せぬ結果が待っていた。

「スタートしてすぐに鞍がズレて、あとは全く競馬になりませんでした」

厩舎側が用意し、装鞍したこともあって、何の制裁も受けなかった。
つまり、免許は何も傷つかなかった。
しかし、心についた傷は深く、大きかった。

「ヴィシーでの乗り馬を断ってまで、数時間かけて移動して乗ったのに……。
  最後は落とされないように首に掴まって
  ゴールラインまで辿り着くのがやっと。
  一体、何をしに来たんだろうと思いました」

真のエリートになるためにはストレステストが必要だ。
海外遠征は、そういう機会を多く作ってくれる。
このアクシデントもまた、そうだと考えるより、
自分を納得させる道はなかったことだろう……。

06年、怪我をして騎乗できなくなった際、
パスポートを作ってメルボルンCを観戦しに行った。
デルタブルースの勝利を目の当たりにして、少なからず刺激を受けた。

しかし、自らが海外で騎乗するのは今回が初めてだった。

「修業というつもりではありませんでした。
  苦労するのは分かっていたけど、少しはやれると思っていました」

しかし、現実の壁は想像以上に高かった。

「悪い競馬はしていないと思うけど、勝てません。
  毎日、そういうレースに乗っていて、
  『果たして自分は何か掴めているのか?』と考えたら悩んじゃいます」

そんな中、味方してくれる人の存在はありがたかった。

ある馬主は熱く語ってくれた。

「日本人はオープンマインドだ。
  スミヨンが日本へ行ってもイオリッツ(メンディザバル)が行っても
  皆、競馬に乗せてくれる。それに対し。フランス人は情けない。
  せっかく日本から良いジョッキーが来ているのに門を閉めたままだ」

そう言って将雅に騎乗馬を用意してくれた。

嬉しいことは他にもあった。エージェントから伝え聞いた話だった。

「あるオーナーが
  『日本のジョッキーも上手じゃないか!』と言ってくれたと聞きました」

勝てない日々に頭を痛めたが、下手な騎乗はしていないという自負があった。
それでも、結果を出せていないのに、
何を言っても負け惜しみに聞こえてしまうだろうと思うと、口は重くなった。
そんな時、耳に入ったこの言葉。
どこにつながっているのかは分からないが、
一本の糸がたしかにみえたという感触を、得た。

「フランスでも負けているとは思っていなかっただけに、
  そう言ってもらえたのは本当に嬉しかったです。
  改めて自分の考えが間違っていないと思えましたから……」

それでもまだ
「フランスまで来て、何を得たのか、何か得たのかが分からない」
と首を傾げる将雅に、次のような疑問を投げかけてみた。

"ずっと日本にいたらそれなりの馬も集まるだろう。
 そうなれば慣れが生じ、故にもし技術が退歩しても気付かないのでは?"

これに対し、小さく頷いた後、口を開いた。

「そうかもしれませんね……。
  そういう意味では良い経験をさせてもらっているのは
  間違いないでしょうね」

慣れた地を離れ、勇気を持って海を越えた。
かの地での経験、体験は全てが新鮮なもののはずだ。
しかし、その時、その場で感じる新鮮さと、それらの経験を経て、その後、
つまり帰国後に感じる当時の新鮮さには少なからずズレが生じていることだろう。
そして、本当に大切なのは、当時、何を感じたかよりも、
帰国した後に感じるそれなのではないだろうか……。

「この状況で『楽しい』と言ったらウソですよ」

自問自答を繰り返す日々を、端的にそう言葉にした。
しかし、例えば「芝の凹凸に応じてアブミの長さを変えています」とか
「欧州のジョッキーの上手さは経験からくるものだと思います」とか
「日本の馬だと転んでしまうようなぶつかり方をしても、
  フランスだと踏ん張ってくれる」
とか、
そればかりか「日本のコンビニの良さを思い知った」とか
「沢山の人たちに助けられていることを改めて感じた」なんていうことまで
全て、日本に留まっていたら気付かなかった点だろう。

そうだ、一つ一つの経験は点描画の点のようなものなのだ。
だから、その"点"をみていても、
描いている本人ですら何だか分からないことがあるのだろう。
しかし、それらの"点"が集まった時、初めて壮大な点描画か描きあげられる。
だから、年齢と考え方は関係ないが、経験と考え方は関係あるのだ。
将雅もいつかそれに気付くことだろう。

(文中敬称略)


川田将雅、真のエリートになるために
~初の海外遠征で待ち受けていた試練~

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