2012年9月3日。
沢山の荷物を抱え、福永祐一は成田空港に降り立った。
2カ月に及ぶアメリカ遠征。
その最後の数日に同行させていただき、
現場で、そして成田に着いた後もしばらく話を伺った。
そこにいたのは騎手・福永祐一であり、人間・福永祐一だった。
2カ月のアメリカ遠征に、ユーイチは何を求め、何を得たのだろうか……。
デビューしてまだ何年も経っていない頃の話だ。
海外遠征を推奨した私に、ユーイチは言った。
「自分が何を求めるかが大事だと思います。
お金のことだけを考えれば日本で乗っていれば良い。
名誉なら日本馬で海外のGIに出るのが良いかもしれません。
でも、自分が騎手として上手になりたいということを求めれば、
海外遠征も良いと思います」
海の向こうの競馬に憧れはないが、上手になる手段として、
知らぬ土地でモマれることは良いと思うと言った。
しかし、頭で分かっていても、実際に一歩を踏み出すことは勇気がいる。
1年が過ぎ2年が過ぎ、5年が過ぎて10年が過ぎた。
その間に香港やアメリカでGIを勝った。ドバイへの遠征もあった。
しかし、いずれも日本馬の遠征に伴う渡航で、
乗り馬がいるかどうかも分からない冒険ではなかった。
イギリスやフランスでの騎乗機会にも恵まれたが、
これも乗る馬が確保されている状況での遠征だった。
"上手になることを求めて"の海外遠征はせず、日本国内での戦いに終始した。
それでも研究熱心さが徐々に結実し、実績を積み重ねた。
実績を残せば良い馬も集まる。
2011年には初めてJRAのリーディングジョッキーの座を射止めた。
こうなるとかえって生き残ることの厳しさを感じたり、
苦労して強くなる気持ちは薄れてしまったのでは……と思えた。
しかし、ユーイチは考えていた。
「昔から修業のために海外へ出る気はなかった。
ある程度、実績を残し、自信も持てた状態になって、
果たしてどのくらい通用するのか?!
そういう気持ちになれるなら、挑戦しようと考えていた」
昨年リーディングを獲れたことで機が熟した。
そんな矢先、アメリカで
優秀なジョッキー・エージェントが空いているという話をもらった。
そして……。
「行ってみないことには何も分からない」と、差し出された手を握り返した。
まずは東海岸に飛んだ。
英語もこの日のために少しずつ勉強していた。
しかし、実践するのは難しく
「何を言っているのかを聞き取れても、
すぐに言葉にして答えることが出来ない」と本人が言えば、
地元の競馬新聞"デイリーレーシングフォーム"にも
「通訳をつけての参戦になる」と紹介された。
確かに言葉の壁は大きい。
それでも、ひと昔前なら毛嫌いしていた英語を、
自ら学び、飛び込んで行った勇気は何よりも尊い。
「日本のように調整ルームがないから、
競馬場には騎乗する1~2時間前に着けば良い。
競馬が終わればすぐに帰れる。気楽なものです」
かの地での生活をそう語る。
しかし、実際の競馬の方はそれほど気楽なものではない。
まず、競馬のスタイルが日本とは違う。
ダートを中心としたスピード競馬。
スピードに乗り遅れた者は、最後まで置いてきぼりを喰らうことも茶飯事だ。
さらに、毎年のことだが、アメリカの競馬は新陳代謝が僅かしかない。
ベテランジョッキー達の厚い層は、
異国のリーディングジョッキーが容易に崩せるものではない。
「それでも東海岸では1日に5~6頭も乗せてもらえる日もあった。
ただ、西海岸に来てからは競馬に乗るだけでも難しい状況になって……」
エージェントと相談の末、戦いの場を西に移した。
平均頭数が少ない上にベハラノ、ゴメス、エスピノーザ、グライダーといった
腕達者が揃っていることも承知の上での挑戦だった。
結果、騎乗頭数を確保するだけでも苦労することになるのだが、
折角アメリカまで行ってレベルの低い地区で戦っても意味がない。
全米でもリーディングを争うようなジョッキー達の中に入って、
競うことが"勝ち負けのためではなく、本人のため"なのだ。
「以前は長期間に及び日本を空けることで
乗り馬がいなくなるのでは?という不安が、あった。
だから海外遠征に対し、二の足を踏んだ。
でも、少しくらい日本を離れても戻ってくれば
またそれなりの騎乗を出来るという自信を持つことが出来たから……」
だから、海を渡る決心をしたのであり、だからこそ、高いレベルでの戦いを望んだ。
自信があるからこそのアメリカ西海岸遠征は、ある意味では本人の考えていた通り、
またある意味では本人が考えていた以上の苦戦を強いられることになった。
「本当は色々と試したいこともあった。
でも、1日に1鞍や2鞍ではそれもままならなかった」
当然のように勝てない日々が続いた。
しかし、いや、だからこそ、色々と考えて乗った。
「乗り方ひとつにしても日本と違ってくるのは当然です。
日本なら折り合い重視の競馬が多いけど、
アメリカではスタートで出して、最後は馬をもたせる技術が要求される。
日本よりペースが速くて、脚が上がってしまう中で、
どうやったら粘らせることが出来るのか……」
エスピノーザやナカタニが木馬に乗っている姿に目を凝らした。
質問をして、助言を仰いだ。
「今までは映像で観て、
『こうなんだろうな……』と勝手に思っていたことが、
実際に目の当たりにして、接することで
実は全然違っていたりすることもあって、本当に勉強になった」
更に考え、自分なりの形を模索した。
プレーの独創性は大切だ。
自らが考え、選択できる知恵と勇気がある人間だけが進歩できるのだ。
「初めて分かったことやアメリカに来ないと
気付かなかったことも沢山あった」
そう言った後、日本のリーディングジョッキーとしての矜持を感じさせる言葉を紡ぐ。
「ただ、元々そういったことを期待して
アメリカまで来たわけではないんですけどね……」
それは、つまり……。
後編へ続く
(文中敬称略)