アメリカに来たからこそ勉強になったこと、知ったことが多数あった。
福永祐一はそう言ったが、さらに「それは本望ではなかった」と続けた。

「勉強しにきたつもりではなく、
  今の自分の腕でどのくらい通用するのかを
  試しに来たつもりだったから……」

アメリカ競馬の壁に少しでも穴を開けるつもりだっただけに、
弾き返され教えられた状況は必ずしも本人の意思ではなかった。
そういう意味で今回の勉強は副産物と考えているようだ。

でも、転んでもただでは起きないというこの態度こそが、
本人も知らぬうちに求めていた姿勢とは言えまいか。

「道は一つしかない」と信じることはある意味大切だが、ある意味では危険でもある。
世界は広く、多くの人が住み、多くの社会があり、沢山の考え方やルールがある。
一つの考えだけにこだわらず、世界を大きく見つめることが大事なのだ。
時に考え方を真っ向から否定され、自分を見つめ直すことも大切なのである。

1つこそ勝ったものの、その後も苦戦が続くと、現実はますます厳しくなった。
乗り替わり。乗り替わり。勝利した馬でさえ乗り替わり。
日本では何年も経験していない辛い仕打ちに直面し、心が折れそうになった。

「初めのうちは乗せてもらえないのも仕方ないと思っていた。
  でも、何ヶ月か滞在していれば、だんだん乗せてもらえるようになるはず。
  そのくらいの自信を持って臨んでいたのに、全く逆の現実が待っていた。
  『さぁ、これから乗り鞍が増えていくだろう』と思った時期に、
  逆に乗り数が減ってしまったのだから、そりゃショックでしたよ」

一時は、2カ月の予定を途中で切り上げての帰国も考えたと言う。
日本にいれば騎乗数は確保できる。有力馬に乗れる。
オブラートに包まず言えば稼げる。それだけの地位を築き上げた。
そんな恵まれた環境を捨てて渡った地では、
言葉も完璧に通じるわけではないから調教師や関係者との意思疎通もままならない。
少ない騎乗数でやっと乗れた馬も「勝った、負けた」を語れるようなレベルではない。
ユーイチでなくても、帰っちゃおうか?!と考えるのは不思議ではないだろう。

しかし、尻尾を巻いて帰ることを、ユーイチ自身が"良し"としなかった。

「デビュー当初、ヘタクソだった自分を
  師匠の北橋(修二)先生と瀬戸口(勉)先生は常にかばってくださった。
  馬主さんが『福永を下ろして他のジョッキーに』と言っても
  『なんとか乗せてやって下さい』と
  頭を下げてくださっていたのを知っています。
  だからお二人が現役のうちにリーディングになるのが
  恩返しと思っていたのだけど、それには間に合わなかった」

ここでひと呼吸入れると、更に口を開く。

「だからこそ、お二人に
  『自分が育てたジョッキー』だと言ってもらえるように
  少しでも自分を高めなければいけないと思っているんです」

アメリカ西海岸のデルマーにユーイチが借りた家の一室で、
北橋と瀬戸口の名前が出てくるとは思いもしなかった。
トップジョッキーの一人となった現在も、彼の頭の中には、
二人の師匠の存在が大きく宿っていることを改めて知った。

二人の師匠に今でも支えられ、結果、2カ月のアメリカ遠征を全うした。
62回の騎乗で、先頭でゴールを駆け抜けたのは僅かに1回だった。

「悔しい云々も言えない成績。冷静に受け止めるしかない」と言った後、
ポロリと本音が口をつく。

「勉強になった。成長できている。
  それはつまり、まだまだだったと言うことでしょう。
  それに気付いた」

改めて気付いたという事実に、
日本ではつい"極めた"と考えていたという現実が見え隠れする。
リーディングを獲ったことで何かを忘れてはいまいか……。
カリフォルニアの青空の下で繰り広げられた厳しい戦いは、
そんなことを気付かせてくれたのだ。

向上心がなくなれば、自然と視野は狭められる。
そうなると、スランプに陥った時に脱せなくなる。
迷路から脱することが出来るのは多くの経験からもたらされる余裕と融通性だ。
だからこそ、自ら海を飛び越えて初めての土地で戦い、
新たなる体験をしたことは、今後に生きるだろう。

「本当は2カ月である程度、感触を掴んで、
  こっち(アメリカ)の人達に
  『また帰って来い』と言われるようになりたかったけど、
  そこまでの手応えは掴めなかった」

でも、落ち込んでいるわけにはいかないことを、ユーイチは分かっている。

「こうなった以上、アメリカでの経験を日本で生かし、
今まで以上に勝てるジョッキーとなって結果を残すしかない」

帰国してからそういうジョッキーになれるか否かで、
今回の遠征の価値が初めて浮き彫りになるということだろう。

受験戦争ではないが、せっかちに結果を求め過ぎると大局を誤ることがある。
そう考えれば、この時期での初めての長期に及ぶ海外遠征も
かえって良かったのかもしれない。
そう思えるか否かは、これからのユーイチの騎乗ぶりに懸かっている。

さて、今回のアメリカ遠征のメーンとなる取材は、実は帰国後に待っていた。
ユーイチと同じ飛行機で帰国した私は、その後、成田から東京に出るまでの車中、
そして、時間潰しに立ち寄った喫茶店で、様々なことを話した。
久しぶりに彼と一対一で長時間、話した。
そこで改めて、彼が応援しがいのあるジョッキーであることを思い知らされた。

優秀になればなるほど偏屈で独りよがり、
自己中心的で尊大というタイプが多くなるのは、どの世界でも同じだろう。

しかし、ユーイチは違う。
父・洋一が落馬で重傷を負った後、女手ひとつでユーイチを育てた母。
また、北橋や瀬戸口の教育もあったのだろう。
そして何よりユーイチ自身の性格も大きいだろう。
騎手である前に、人間として魅力を感じさせる人物に、彼は成長していた。

私が彼と知り合ったのはデビューした直後。つまり約17年の付き合いになる。
今さら褒めてどうこうという仲ではないし、
彼自身、平松に褒められてもね、という感じだろう。
だから最後はやっぱり憎まれ口で締めさせていただく。

「まだまだだったと言うことでしょう」と改めて気付いているようではダメだ。
人間・福永祐一はこのままでも良いが、
騎手・福永祐一はまだまだ成長し続けてもらわなくては困る。
だって、君が活躍すべき舞台は"世界"なのだから……。

(文中敬称略)


リーディングジョッキー福永祐一 17年目の挑戦
~ 66戦1勝の先に見えたもの ~

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