(取材日=2013年2月27日)

安藤
うん。願書はね、何も書かずに出してあったの。
試験のときも、行かないと騒がれるかなぁと思って一応行って、
そのときに願書を取り下げたんです。
本当はひっそりと辞めたかったから、更新しなかったことがわかるまで、
バレんようにしようと思ってたんだけどね。
──
安藤さんがコラムを連載していた東京中日スポーツさんで、
『現役続行』という記事が出ましたよね。
願書を提出したことで、そういう記事が出てしまったんですか?
安藤
たぶんそうだと思う。
担当者から電話で聞かれたとき、たしかに「願書は出したよ」って答えたからね。
でも、現役続行とは、
ひと言も言ってないんだけど(笑)。
──
なるほど。
安藤さんとしては、まだ進退に言及できる段階ではなかったわけですね。
でも正直に、願書を出したことは伝えたと。
その後、スポーツ報知さんが「引退」をすっぱ抜いて。
東京中日スポーツさんは、さぞかしビックリされたでしょうね。
安藤
そうかもしれないね。
でも俺、嘘をついたわけじゃないんだよ(笑)。
──
願書を提出されたということは、
その時点ではまだ現役続行か引退か、迷ってらっしゃったということですか?
安藤
いや、ある程度、自分のなかでは決めてはいたけど、
迷ってなかったといったら嘘になるかな。たしかに
願書を提出した時点では、
免許を更新するつもりではいたね。
周りからも、「週に1頭か2頭乗りながら続ければいい」っていう声があって、
俺自身、そういう手もあるかな…と、思うところもあった。
──
一度引退してしまったら、もう二度と競馬には乗れないんですものね。
安藤
そうだね。辞めてから何をするかも決めていなかったし。
だいたい馬から下りたら、俺はなんにもできねぇんだから(笑)。
辞めたら退屈やろうなぁ、
毎日俺が家にいたら、嫁さんも嫌やろうなぁとか、
いろいろ考えた(笑)。

安藤
春先から徐々に引退については考えてはいたけど、
決定打となったのは、やっぱりパドトロワの京阪杯かな。
調教からずっと乗っていて、正直、馬の状態は決して悪くなかった。
レースも、もともと行く気はなかったから、
あの位置(道中4、5番手)で十分だと思って乗っていた。
ただ、いざ直線に向いたら、思ったように馬が動かない。
状態は悪くないのにね。そのときに、
“ああ、馬を動かせなくなったなぁ”
と改めて感じて。
俺の気持ちが乗ってないから、余計に動かないのかなって。
──
ご自身の騎乗について、具体的にどんな変化があったのですか?
安藤
やっぱり重心が以前とは違ってきていたし、柔軟性もなくなっていたし、
また自信がないから余計にね、消極的なレースになってしまって。
以前は何も言わなかった調教師からも、
「ある程度、前に行ってくれ」とか、指示が出るようになってね。
俺としては、自分の体の硬さを考えて競馬をしていたんだけど、
調教師の指示通りに乗るとなると、格好悪い競馬になってしまう。
俺は俺で自分の欠点を踏まえて乗っていたから、
それで納得してもらえないなら、
もう乗らないほうがいいのかなって思うようになった。
──
安藤さん自身が、前向きになれなかったんですね。
安藤
そうそう。馬は人間の気持ちをパッと察するからね。
パドトロワでいえば、あそこまで走れない馬じゃないから。
それで、“これはもう潮時やな”と思って、乗るのを止めて。
その間に、また乗りたいと思うようなら…っていう気持ちもあったけどね。
──
本当にもう乗らないでいいのか、引退してしまっていいのか、
自分に問いかける時間を作ったということですね。
安藤
そう。そうしたら、
全然乗りたいと思わんかった(笑)。

安藤
うん、それは本当。
前の年に兄貴が辞めたっていうのも、俺にとっては大きかった。
“そうだよなぁ、俺もそういう年だよなぁ”
って思ったね。
──
引退について、お兄さんからはどんな言葉が?
安藤
兄貴にはけっこう前に「たぶん辞める」って言ってあったから、
いざ引退が決まったときは、何も言わなかったね。
──
引退式では、お兄さんから花束贈呈がありましたね。
安藤さんがすごく照れくさそうに笑っていらしたのが印象的です。
安藤
そう?
照れくさくて笑っていたというより、兄貴が出てきた途端、
後ろに並んでいたジョッキーがみんなで笑うもんだからさ(笑)。
──
そうでしたね(笑)。
アンミツさんが引退して、アンカツさんが引退して、
関西の平地ジョッキーでは小牧さんが最年長になりました。
先日、「俺、最年長になっちゃったよ…」って、少し寂しそうにおっしゃってました。
安藤
同じような年齢の人間が辞めると、多かれ少なかれ思うところはあるよ。
それに、今は若い子が伸びてきているから、余計かもしれないね。

安藤
うん、考えなかった。まったくね。
笠松にいたころは、そういう道も考えてたよ。
でも、中央の最初の試験のとき、もう年が年だったからだと思うけど、
JRAの方に「騎手を辞めたら、
調教師になる気持ちはありますか?」って聞かれたの。
その時点ですでに「まったくありません」って答えて。
騎手として、中央で10年乗れればいいなと思っていたし、
俺は騎手として終わりたいと思った。
──
中央に移籍されてから、今年で丸10年。
安藤さんのなかでの節目でもあったんですね?
安藤
うん。ちょうど10年ということも、
引退を決意した要因のひとつかもしれない。
さっきも言ったように、中央で10年乗れればいいなと本当に思っていた。
これで受からなかったら中央に行っても意味がないなって思うほど、
ギリギリの年齢だったからね。
今は、よう10年乗ったなって思うよ。
──
でも、まだ52歳(3月28日で53歳)ですよね。
調教師になったとしても、その先に長い長い時間があります。
安藤
たしかにね。
でも、たとえば調教師になったとしたら、
70歳で引退するわけでしょ?
それこそ、その年齢になると、できることが限られてくる。
俺くらいの年なら、まだあちこち行ったりできるからね。
俺にとっては、そのほうがいいような気がしたんだよね。
──
お兄さんは、調教師を目指されるそうですね。
安藤
そうそう。ただ、そう甘いもんじゃないと思うよ。
そっちのほうが、気が遠くなってくるわ(笑)。
 
第2回へ続く

安藤勝己が今だから明かす『噂の真相17』

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