香港スプリント。
それは香港競馬に於けるプライド。
過去に多くの海外からの挑戦者を退けてきたレースだった。
凱旋門賞の半分の距離にも関わらず、
その頂の高さは欧州ナンバー1決定戦よりも高くそびえていると思われた。
1990年代から取材している私は、
日本のチャンピオンスプリンターが全く競馬をさせてもらえないまま
惨敗を繰り返す姿を何度みたことか……。
その度に日本馬がこのレースの頂点に立つには、
あと何十年かかるか?と思えたのだった。
そんな難攻不落の城を2度にわたって攻め落とした日本馬が現れた。
ロードカナロアだ。
僅か1200mという距離で、2着との差を5馬身も広げた名スプリンター。
その背で、彼のラストランに於ける圧勝劇のタクトを振るったのが岩田康誠だった。
唖然とする地元ファンは、
小躍りしながら絶叫する日本から駆けつけたファンにつられるように、
やがて大声援をあげた。
観衆の大きな声もまるで聞こえていないと思える表情で目をうるませる厩舎スタッフ。
ゴールしたあと、彼等の元に戻って来た岩田は、鞍上で小さくガッツポーズをみせた。
13年12月8日。
岩田は、ロードカナロアとの9度目のランデブーを
どのような気持ちで過ごしたのだろうか……。
12年9月9日。
岩田は後に世界に名を轟かせるスプリンターの手綱を初めてとった。
そのセントウルSこそ2着に敗れたものの、
続くGI・スプリンターズSでは、
同じ安田隆行厩舎のディフェンディングチャンピオン・カレンチャンを相手に快勝。
新旧の世代交代を告げると共にロードカナロアをGIホースへと導いた。
そして、その勢いに乗り、海を越えた。
12年12月8日の夜。
その日、日本での競馬を終えた岩田は、
カレンチャンに騎乗する池添謙一と共に香港に入った。
池添が海外で乗る時に必ずすることがある。
相手関係をVTRでチェックするのだ。
この時も、私はその大役を任され、VTRを用意。
レース前夜、ホテルのバーで彼とそれを観た。
同じレースに騎乗する岩田にも声をかけ、3人で観た。
ひと通り見終え、池添が部屋へ休みに戻ると、岩田は言った。
「もう一度、みせて下さい」
文字通り呉越同舟しながらも、同じフィールドに立つ限りライバルだ。
そして、何よりも岩田の強い思いが、それに続く言葉に表れていた。
「ただ参加しにきたわけではありません。勝ちに来たんです」
01年のダイタクヤマト、メジロダーリングから始まり、
ショウナンカンプ、ビリーヴ、カルストンライトオやローレルゲレイロなどなど。
日本ではスプリント界の頂点を極めた馬達が過去に何度も挑戦しながら
そのほとんどが二桁着順に惨敗していた。
そんな高い壁を乗り越えに来たのだと言い切った。
岩田が名手であることはその成績をみれば一目瞭然だ。
その名手が、それだけの感触を得た馬ということは受け入れねばならなかった。
しかし、過去の日本馬の実績、そして岩田自身の香港での経験を考慮すると、
素直に受け入れることは難しかった。
いくら彼が「勝ちに来た」と言っても、感情を抜きに冷静に判断すれば、
そう簡単にはいかないのでは?と思えたのだ。
前年の11年にこのレースに出走した彼女は、外枠にも関わらずスンナリと先行。
直線で前が壁になる不利がありながら、
終わってみれば勝ち馬から僅か2馬身1/4差の5着に好走したのだ。
「カレンチャンをモノサシに考えれば、
今のカナロアなら勝ち負けしておかしくないでしょう」
単なる強がりではない岩田の分析が、強気な言葉を生んだのだった。
果たしてロードカナロアは強かった。
スッと先行すると最終コーナーでは外の3番手。
ラスト1ハロンで2番手に上がると、ゴール前100mを待たずに先頭に立ち、
最後は抑える余裕でゴールに飛び込んだ。
ゴールして、人差し指を立てた左手を宙に挙げた岩田。
レース後に言った。
「ただ勝っただけではありません。
勝ちに行く競馬をして勝てた。そこに価値があります」
翌13年、このコンビはさらなる飛躍をみせる。
阪急杯を勝つと続く高松宮記念では3つ目のGIをゲット。
そして、次なるターゲットへと駒を進めた。
それまでの1200mを中心とした路線を極めた最強スプリンターは
マイル界へ殴り込みをかけてきたのだ。
「一戦毎に折り合いに進境をみせ、
どの位置で競馬をしないといけないといったことはなくなってきた。
だから距離延長はこなしてくれると思う」
岩田はレース前にそう言った。
いざレースに行くと、“自分のリズム”だけに気をつけたと言う。
「能力の高さは間違いない。
あとは自分のリズムさえ崩さずに走らせてあげれば
確実に末脚は使ってくれる……」
そう信じてスタートを切った。
好発を切ったが、カナロアはムキになることなく中団に控えた。
すぐ内で口を割ってエキサイトする馬が並びかけてきたが、
つられることなく、しっかりと折り合ってみせた。
コーナーは外を回ったが、
手応えよく徐々に先団を射程圏に入れる位置まで進出。
しかし、直線、
岩田が左鞭を入れたところで、思わぬことが起きた・・・。
後編へ続く
(文中敬称略)