安田記念に出走したロードカナロア。

「自分のリズムさえ崩さなければ勝ち負けできる」
と自信を持って臨んだ岩田康誠。
直線に向くまでは考えていた通りの手綱捌きが出来た。

しかし、最後の直線で左鞭を入れると、思わぬことが起きた。

「僕の力不足でヨレて、他の馬に迷惑をかけてしまいました」

後に岩田はボソボソとした口調でそう言った。
外へヨレたロードカナロアは
追走してきたダノンシャークとショウナンマイティの進路を塞いでしまったのだ。

結果、勝つには勝ったが、後味は決してよくはなかった。
レース後も厳しい表情だった岩田。それでも、愛馬を称えることは忘れなかった。

「誤魔化しの利かない東京のマイル戦で勝てたことで、
  この馬の力を改めて証明できたと思います」

結果的に年度代表馬の椅子をグッと近寄せる勝利は、
岩田に“今後、ロードカナロア自身にも迷惑をかける騎乗は出来ない”と
再認識させる勝利であった。

秋。
岩田は心新たに現役の名スプリンターに跨った。
しかし、大団円を迎えるには、その道のりは決して平坦ではなかった。

始動戦となったセントウルSでハクサンムーンの逃げ切りを許し、
よもやの2着に敗れてしまったのだ。
当時を述懐し、鞍上は言う。

「レース前の雰囲気は悪くなかったし、道中の手応えも良かった。
  前が楽に逃げているのも分かっていたけど、
  それでも捉まえられると思っていました。
  でも、他に逃げ馬が不在だった分、
  こちらが考えていた以上に相手に有利な流れに持ち込まれてしまいました」

クビ差まで詰め寄ったものの、2着。

「前の年も同じ2着に敗れていたけど、
  立場が違う(前年はまだGI勝ちのない身だった)から、
  負けたこと自体のショックは少なからずありました」

3着以下は離していたから……と自らを納得させるように言いつつも、
本音をそのように表現した。

残されたレースは2戦。
スプリンターズSと香港スプリント。
しかし、スプリンターズSのレース後のインタビューで、
岩田は思わぬことを言っている。

一度叩かれたロードカナロアは、逃げるハクサンムーンに雪辱を果たす。
前年に続くスプリンターズS連覇、
ロードカナロアにとってこの年3つ目、
通算5つ目のGI優勝を飾った後のインタビュー。
岩田は言った。

「今回も負ければ即引退という話もあっただけに勝てて良かったです」

セントウルSに続いてGIの大舞台でも取りこぼすようなら、
香港スプリントには向かわず北海道へ旅立つプランがあったと言う。
衝撃の告白であったが、実はこの話にはカラクリがあった。

「本当のことを言うと、レース前には聞かされていなかったんです」

競馬を終え、インタビューに向かう直前、
岩田は厩舎スタッフからその事実を告げられた。

「『えぇ~!!』って感じでした。勝って良かったと改めて思いました」

いらぬプレッシャーをかけないように……という厩舎スタッフの配慮だったのだろう。
そんな心優しいスタッフへ恩返しをする意味でも、
繋がれた糸を断ち切るわけにはいかなかった。
ラストラン・香港は、岩田にとって、
石に齧りついてでも勝たなくてはいけないレースとなったのだ。

前年同様、土曜日の日本の競馬に騎乗した後、香港入りした。
パッと着替えただけで、休むこともせず
VTRで現地の馬達のレースぶりをチェックしたのも、前年と同じ姿勢だった。
そして、逆に質問してきた。

「外枠(12番)がどうですかね?」

内なら内で心配になるのでは? と答えると、気持ち口角を上げて言った。

「そうですね。
  このところ少しズブくなっているから、
  内の方がかえって心配かもしれません」

おそらくこの時の岩田が本当に心配していたのは、
“勝てるかどうか?”ということではないのだろう。
ロードカナロアの強さを最も知っているからこそ、
“負けさせるわけにはいかな”いと考え、
故に些細なことも心配になったのだろう。

しかし、彼の良さは、ゲートが開けば大胆になれるところだ。
この時も、あれやこれやと心配していたのがウソのように、
パートナーを信じ、勝ちに行く競馬をしてみせた。

好スタートから好位を追走。
4コーナーでは外から先団を捉える位置まで上がると、
ラスト400メートルを切る頃には先頭に並びかける。
300を前にして先頭に立つと、あとはもう突き放す一方だった。

「4コーナーからの加速が凄かったです。
  これがラストランなので最後は『突き放してやろう!!』と思いました」

前年2馬身半だった差を倍の5馬身に広げ、
最強スプリンターを勝利に導いた。
僅か1200メートルの距離で、しかも世界最高峰のスプリント戦で、
2着に5馬身の差は並のパフォーマンスではない。

「最後の一年は全てのレースで1番人気でした。
  一戦一戦、気が抜けないレースが続く中で、それなりの結果を残せて、
  僕自身も本当に勉強になりました」

14年1月27日。JRA賞授賞式の会場。
年度代表馬に選ばれたロードカナロアとの思い出を、
何とも言えない感慨深い表情で、噛みしめるように岩田はそう語った。

(文中敬称略)


岩田康誠 世界最強スプリンターと過ごした日々

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