競馬ファンのみなさん、
25年間、ジョッキー・佐藤哲三を応援していただき、
本当にありがとうございました。

僕の騎乗には賛否両論あったとは思うけど(笑)、
僕は僕なりに、
“一流のギャンブルレーサー”
を目指して精一杯頑張った。
今はそう自信を持っていうことができます。
その感覚を、
今度はファンのみなさんと同じ目線に立って、
JRAを盛り上げるために生かしていきたい。
今は本当にそう思っています。

もし、僕の左手に奇跡が起きたら、
すぐにでも騎手に復帰したいというのが本音ではありますが…。
明日の朝、目が覚めたら
何でもなかったようにこの左手が動くようになっているんじゃないか──
この1年、幾度となくそんなことを考えながら眠りにつきましたが、
やっぱり奇跡は起こってくれませんでしたね。

実は「引退後は競馬ファンのみんなと同じ目線で競馬を楽しみたい」
という思いは、
ケガをする前から考えていたこと。
引退を余儀なくされて、思い立ったことではないんです。

そのきっかけとなったのは、
ラガーレグルスでのあの一件でした。
覚えている方も多いとは思いますが、2000年の皐月賞。
3番人気の支持を受けながら、
スタートを切ることさえできなかったあの皐月賞です。
自分自身、なんであんなことが起こったのかわからなくて、
結果的には自分の言葉で何も説明することができなかった。
それがずっと胸の中に残っていたんです。

それ以来、自省の念もあって、
どうしたらわかりやすく馬のことをファンに伝えられるのか、
ずっと考えてきました。
そんななかで、いつの日か現役を退いたときには、
大好きだった馬のこと、
大好きだった騎手という仕事について、
自分の言葉でその魅力を伝えられたらなぁ…
と思い始めたんです。
ラガーレグルスの身に起こったような出来事を、
きちんと説明できる人がいなければいけない。
だったら自分がメディアの側に立って、
わかりやすく説明できる立場になりたいと。
ただ、その立場になるのは、
年齢的にもっと先の話だと思っていましたけどね。

“一流のギャンブルレーサー”を目指したのも、
思えばラガーレグルスがきっかけでした。
あの一件で、「何十億円が紙くずになった」とか散々叩かれて、
ずいぶん悔しい思いもしたけれど、
一方で、これからのジョッキー人生のなかで、
応援してくれる人には絶対に返していこうと思ったんです。
だから、
「なんとか馬券に絡んでやろう」という気持ちで、
ずっと乗ってきました。
「1着以外、意味がない」という考えは違うと思ったし、
そもそもお客さんに失礼ですからね。
そのうえで、魅せる競馬ができたらいいな、
それを“おもしろい!”と思ってもらえたらいいな、
そんな気持ちで日々競馬と向き合ってきました。

後編へ続く


佐藤哲三が改めて語る「ファンへの想い」

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